第四十二話 不穏な敵意
「そういえばずっと前から聞きたかったんですけど、師匠の魔法って明らかに出力高いですよね? 何かコツとかあるんですか?」
「あー、その話? 別に難しいことじゃないよ」
広場の出口に近い木漏れ日の差す空間で魔法の研究をしながら時間を潰している俺たちだったが、ちょうどいい機会でもあったので前々から抱えていた疑問を投げかけてみた。
以前から師匠と模擬戦を行っている身なので薄々勘付いてはいたのだが、彼女が扱う魔法はフーリはもちろんとして、俺の行使する魔法であってもそれを悠々と超えてくる火力を誇っている。
例を挙げれば、俺が全力で構築した水の分厚い壁をただの【
どう考えても常識的な出力を超えているし、彼女の方で何かをやっているとしか思えない。
なので前々から聞いてみようとは思っていたのだが、機会を逃していたこともあってこうして今まで放置してしまっていた。
まぁ今思い出せたので結果オーライか。
そうして師匠からの返答を大人しく待っていれば、向こうは実にあっさりとその答えを教えてくれた。
「原理は凄い単純だよ。普通魔法っていうのは込めた魔力に比例してその威力と規模がどんどん大きくなっていくでしょ?」
「そうですね。そのおかげで大規模攻撃ができるっていうのもありますし」
俺は魔力量の問題上あまりやらないが、師匠やフーリレベルともなると普段の訓練風景であってもとんでもないサイズで魔法を使っているのをよく見かける。
それは彼女たちに膨大な魔力があるゆえに可能なことだし、それくらいは一般的な知識の範囲内だ。
…その情報があの威力の秘訣に関係してくるのだろうか。
「もちろんそれでも全然いいんだけど、威力と規模を同時に拡大させていこうとするとどうしてもその分だけ一点に対する威力が分散されちゃうんだよね。だから私のは、込めた魔力分だけ威力に割り振って、規模の拡張はしないでそのリソースも全部火力につぎ込んでるんだよ」
「…なるほど。だからあんな馬鹿げた攻撃力が出るってわけですか」
「そうそう。ほら、難しいことでもなかったでしょ?」
確かに、言われてみれば納得の話だった。
通常の魔法行使のプロセスとして行われる規模と威力の同時拡大をあえて自分でコントロールし、そこのリソースを威力に一点特化させる。
アイディアとしてはひどく単純なものだし、そう言うことならあれだけの魔法が出てくるのもうなずけるが……その発想力には目から鱗が落ちる思いだ。
この考えを転用すれば様々な範囲にも応用が利くし、その特性上あまり多用ができるようなものでもないが戦力を高めるうえでも重要な要素の一つにすらなり得る。
師匠はとても気楽に教えてくれた知識だが、これは下手したらかなり重大な事実になってくるぞ。
「魔力を全て威力に割り振る……こう、ですかね」
「おっ! できてるじゃん! やっぱりアクトは飲み込みが早いねー」
俺は今聞いた知識を早速実践するために、掌の上に見た目は何の変哲もない水の塊を生み出す。
…だが、見る者が見れば気づくことではあるが、これは俺が今まで使ってきた魔法とは明らかに異なるものだ。
空中にふよふよと漂っている水の塊には大量に発露された魔力によって高密度の水が集約されており、こいつをただ相手にぶつけるだけでも相当なダメージが与えられるだろう。
そう確信させるくらいには桁違いの効果が実感でき、改めて教わった知識の凄まじさを思い知る。
「……っ! …でもこれは、あまり多用はできませんね」
「見た目に反して結構魔力を持ってかれる技術だからね。それでも、使えることは保証するから参考にするといいよ」
「…そうさせてもらいます」
今この水には俺の魔力の三割程度を込めてみたが、これだけのものともなれば普段から頭を悩まされている師匠の炎の防壁をも突破することだって夢ではない。
さんざん夢に見てきた師匠に一撃を入れるという目標に手を掛けられる技を得られたことは嬉しいが……それと同じくらいに使い勝手の悪さも思い知った。
たった今使っただけでも急激な魔力の減少によって体が少しふらついたし、やはりそう簡単に使いこなせるようなものでもない。
このカードを切るとなれば、それは限界まで追い込まれた時か出し惜しみをしていられない戦いの時くらいのものだろう。
なんにせよ、また強力な手札が手に入れられたことに違いはないのでそこは素直に喜んでおこう。
───そしてその瞬間、俺の首筋に向かって強烈な悪寒が走っていった。
「っ!?」
師匠との魔法の研究に夢中になっていたこともあって少し気が緩んでいたのだろう。
肌を突き刺してくるような猛烈に嫌な予感を感じ取った俺は、その方向に向かって躊躇なく今作り出したばかりの高密度の水を打ち出し、敵を仕留めるための行動に移る。
その気配の先に誰がいるのかは定かではないが、やらなければこちらがやられる。
そんな予感を確信させるほどに強い嫌な予感があったからこそ、俺も余計な思考の一切を切り捨てて攻撃に入ることができた。
「…はぁっ!」
打ち出された水の塊を変形させている余裕もない。
その質量に任せた力押しの一点突破で脅威の排除を行うため、強引に放たれた魔法は狙い通り悪寒の向かう先へと吸い込まれていき……誰もいない空間に叩きつけられていった。
「……は?」
あれだけの気配を叩きつけてくるような何かだ。それ相応にヤバい相手だろうとは思っていた。
だというのに……振り返って見てみれば、そこにはまるで俺が感じた気配など気のせいだったと言わんばかりに何もない光景が広がっているのみ。
変わっている点があるとすればたった今俺が放った魔法によって地面が少しえぐられているくらいのものだが、それだって俺の魔法によって起こっただけのことで他の何者かが介入したものじゃない。
…今さっき首筋を走った気配。ともすれば殺気にも近かったあの感情は、紛れもなく俺に向かってきたものだった。
それは俺の誤認でも勘違いでもないし、間違いなく先ほどまではそこにいたのだと断言できる。
それでも現実として、今は何者の気配も感じられない………。
「…アクト? いきなり魔法を使ったりしてどうしたの?」
「……師匠、今その辺りに誰かの気配を感じましたか?」
「気配? …うーん、私も探知に集中してたわけじゃないからあまり意識は向けてなかったけど、多分いなかったんじゃないかな」
「…そうですか、分かりました。すみません変なこと聞いて」
唐突に妙な方向へと魔法を放った俺の行動を不思議に思ったのだろう。
首を傾げながら疑問を尋ねられたが、あいにく今の俺にはそれに答えるだけの余裕はなかった。
…師匠でも人の気配を捉えられていなかったとなると、あそこには本当に誰もいなかったのだろうか。
未だに俺の首元にはあの時に感じ取った嫌な気配がこびりついているが、こうも証拠がそろってくるともしや気のせいだったのではという考えすら浮かび上がってきてしまいそうだった。
「実はさっきあの周辺から殺気を向けられるような感じがしたんですけど……誰もいなかったってことは気のせいだったんですかね」
「…そりゃまた物騒な話だね。一応私の方でも警戒はしておくから、何か変なものがあったら教えるよ」
「…お願いします」
俺の殺意を向けられたという言葉に、師匠もそれまでの温和な空気を切り替えて真剣な雰囲気を纏わせている。
…そうだ。今は何も見つからなかったとはいえ、それだけで気のせいだと断定するのは尚早すぎる。
考えたくはないが、あそこに師匠の探知すらも逃れるほどの隠密能力を有していた者がいた可能性だって残っているし、こちらも気を抜いていたとはいえそれをかいくぐって接近してきた輩がいるという線はまだ消えていない。
あの時感じ取った凄まじい気配が、果たして何を目的としていたのかは分からないが……意味もなく油断するべきではないだろう。
それに、ここからは師匠も周辺に警戒を向けてくれると言ってくれているし、これほど頼りになることもない。
もし何かを仕掛けられたとしても、最低でも今は安全だと言える。
「楽しい外出の時にこういうことは勘弁してほしかったですけどね……まぁ周辺の気配探知は常に張り巡らせておきます」
「私も一応結界だけ張っておくよ。飛び道具とか来ても対処できるようにね」
万が一のことを想定して戦闘態勢だけは整えておき、ないとは思いたいがいきなり攻勢を仕掛けられたとしてもすぐに対応できるように準備だけは万全にしておく。
今も【探知】は全開にして発動させており、そこに引っ掛かってくるような者はいないようだが……対策を重ねておいて損はないだろう。
…結局、その後は今さっき感じたような悪寒を再び感じるようなこともなく、怪しげな者が近づいてくるようなこともなかった。
警戒していたのが拍子抜けしてしまいそうになるほどに緩やかな時間は過ぎていったが……俺の心には、言い表しようのない一抹の不安が残っているのだった。
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