第四十一話 同年代との掛け合い
フーリと師匠と領地の街を歩き始めてから数十分が経過したが、ここに来るまでにも色々なことがあった。
以前にも馬車から景色自体を見たことはフーリもあったはずだが、やはり遠くから見下ろすのと自分の足で歩きながら見ていくのとでは感じられることも違うのだろう。
俺と手を繋いでいるので今も大人しく周囲をきょろきょろと見渡している彼女だが、こうしてしっかりと見張っておかなければ好奇心に任せて突き進んでしまっていただろう。
いくら何でもそうなってしまえば危ないのでそんなことにはさせないが、初めての散策ともなればこんなテンションにもなることには理解できる。
かくいう俺とて最初に街を訪れた際には同じように物珍しそうな視線を周りへと向けていたものだし、人のことを言える立場でもない。
どこか昔の自分を重ねるような、微笑ましい気持ちになりながらフーリと共に市井を歩いていき、静かな住宅街や喧騒に満ちた商店街、それから今は広い敷地が確保されている広場へとやってきていた。
「わぁ……! ここも楽しそうな場所ですね!」
「そうだな。あまり来る機会も多くないから知らなかったけど、こんな場所もあったんだな…」
所々に草木が生えているこの場では、近辺に住んでいると思われる子供たちが走り回っている光景が確認できる。
耳に響くような叫び声とも似つかない声が広い空間に響き渡っている中、俺もこの何気ない光景に目を引かれていた。
これまで師匠と出かけた時にも何度か街は見てきたし、その際に目ぼしいものは大体見尽くしたと思っていた。
だが、今までに巡ってきた場所は主に大通りに沿った箇所がメインだったので、こういった外れにあるところは意外と見落としていた。
先のことなんて何も考えずに遊んでいる子供たちが大勢おり、そこでは当たり前のようにある景色が俺にとっては何だかひどく眩しいもののようにも思えてきた。
…何だか年寄臭い思考になってしまったが、実際楽しそうにしている子供の笑顔を見られる場があるというのはこの街が少なからず平和である証左だ。
それは喜ばしいことだし、いずれ父さんの後を継ぐことになるであろう俺からしてもこの景色はなくしたくないと感じられるものだ。
…と、そこまで考えた辺りで今もなお握っている掌がどこかうずうずとするような感覚に襲われた。
その感触に違和感を覚えながらパッとそちらの方向を向いてみれば、現在も手を繋いでいるフーリが無性に気になるものがあり……しかし、口に出すのは遠慮しているような表情を浮かべていた。
こういった時、大抵の場合は彼女は俺に遠慮しているか迷惑をかけないように我慢をしているのだということは把握しているので、それとなく声を掛けてみる。
「…フーリ、どうかしたか? 何か気になるものでもあったなら言ってみてもいいぞ?」
「え? い、いえ! そういうわけでは…ないのですが……」
…ふむ。やはりこちらに気を遣ってしまっているのか、はっきりと口にはしてくれなかったがなんとなく言いたいことは伝わってきた。
彼女が向けた視線の先には今現在も元気よく遊んでいる子供たちの姿があり、本人も意識はしていないのだろうがそれを羨ましそうに見つめている。
そのことから察すれば、おそらくフーリもあの輪の中に混ざってみたいのではないのだろうか。
貴族という身分こそあれど、彼女はまだ三歳の遊びたい盛りの子供なのだ。
そう思うことは決して不自然なことではない。
しかし、その意思を明確に言葉にしないのはこれまで築き上げられてきた貴族という立場が有する責任感と考え方ゆえか。
人の上に立つ者として、考え無しに行動することは褒められたことではない。
己の行動がもたらす結果を常に先回りして予測し、淑然とした様で居続けなければならない。
俺は幼い頃からそうした教育を受けてきたし、それは妹であるフーリも同様。
そうした貴族にとっては当たり前の、されど子供心には厳しい縛りとも言える思考が彼女の欲を押さえ込んでいるのだろう。
…仕方ない。あまり褒められたことではないが、フーリのためだ。ここは俺も割り切って一枚脱ごうか。
「そっか、それならいいんだが……俺にはフーリがあの子たちと遊びたそうにしているように見えたからさ。もしそうだったならちゃんと言ってくれよ? その時は俺も力を貸してやるからさ」
「あっ……そ、その…はしたないことだとは分かっているのですが、実は…あ、遊んでみたいのです!」
「…そうか。なら、あの子たちに混ぜてもらえないか一緒に声を掛けてみようか」
「…! は、はい!」
俺が誘導したのは、あくまでもこちらで全てを口にしてしまうのではなく彼女自身の口から己の意思を言葉にさせるためのものだ。
別に俺の方で無理やり流れを進めてしまっても解決自体はできただろうが、それではフーリ本人も『俺がこうしようと言ってくれたから遊んでみよう』という思考に陥ってしまっただろう。
それは俺の求める展開ではないし、できることならフーリ自身の本音を吐き出してほしかったのだ。
そしてその目論見は見事に成功し、妹の誤魔化しようもない心からのやりたいことを聞くことができた。
ならばここからは、そのための行動に移るだけだ。
俺はフーリを安心させるためにも再び手を握ってやると、少し遠くで走り回っている子供たちに向けて声をかけに行く。
「…おーい! そこの君たち、ちょっといいかな!」
「んー? にぃちゃんだれだー?」
「おんなのこもいるよ。かわいー!」
俺が声を掛けると同時に、近づいていくこちらの存在に気が付いた複数人の集団があっという間に取り囲んできた。
こういう行動力の塊は子供ながらのものだとは思うが、こうして同年代の者達に囲まれる経験が少ないフーリが少し緊張したようにしてしまっているので、早いところ話を進めてしまった方が良さそうだ。
「実は俺の妹もみんなと一緒に遊びたいらしくてな……入れてもらってもいいか?」
「いもうとってー?」
「そのうしろのこのこと?」
用件をなるべくわかりやすいように簡潔に伝えれば、そこからさらに騒がしくなっていく人の輪。
中には指をさしながらフーリのことを見ている者もいるが、そんな喧騒の中で一際大きな声を張り上げてくる者がいた。
「おうおう! おまえがだれだかしらないけど、おんななんかじゃおれたちにはついてこれないぞ!」
「ん? そういう君は?」
「おれはガルス! おれたちとあそびたいなら、おれがきょかをださないとだめだぞ!」
「許可かぁ……そりゃまた難しいな」
ガルスと名乗り上げてきた少年。
どこかやんちゃそうな雰囲気を漂わせながら、年相応な粗暴さを感じさせつつも子供たちの中では比較的大きながたいをしていることからリーダー的なポジションなのだろう。
だが、少し困ったことになってしまったな。
子供の言うことだし別にまともに取り合うこともないのだが、この場面で無理やりこちらの意見だけを押し通してしまうのはあまり得策ではないだろう。
他の子どもたちはガルスの言うように許可なんて必要もないと思っていそうだが、中心人物である彼の言うことも無視はできないので静かに見守ってるって感じかな。
子供ゆえの横暴さは困ったものだが、まぁ俺がやれることなんて一つしかない。
「フーリ、自分でここにいる子たちに挨拶できるか? 怖いかもしれないけど、ここは少しだけ頑張ってみよう」
「…はい。頑張ってみます!」
俺ができることは、せいぜい彼女の背中を押してやることだけ。
俺一人で全てを進めてしまうのではなく、他ならぬ妹の足を進みやすくするように支えてやるのが兄である自分にできることだ。
こんなんでガルスという少年から遊びの許可がもらえるかは甚だ疑問だが、どんな状況であっても自己紹介というのは大事なものだ。
お互いにお互いのことを知らなければ進む話も進まないし、コミュニケーションの取り方だって変わってくる。
そう考えたからこそ、まず俺はフーリに挨拶をするように促した。
「え、えぇと…皆さん初めまして。私はフローリアと申します。…その、皆さんと一緒に遊びたいのですが……駄目、でしょうか?」
「…っ! …ま、まぁ。いれてやらんこともないな! おんなのくせになかなかこんじょうもありそうなやつだし、きにいった!」
……あー、ガルスのやつ完全にフーリに一目惚れしやがったな。
数秒前までは俺の背後に隠れるようにして立っていたフーリが彼らの前に表立って登場し、その必死な表情や少し緊張したように向けられた上目遣いにやられた感じだろう。
今の彼女は髪色が本来のものではないし、貴族だとバレないように服装なんかもそれ相応のものに変えているが、その愛らしさまでもが失われたわけではない。
むしろそのみすぼらしい服装と周辺に漂わせている高貴な空気感とのギャップで、更なる魅力が引き出されてしまっているくらいだ。
そして、そんな魅力を真正面から食らったガルスはというと先ほどまでの不遜な態度はどこへやらといった感じで言葉をまくし立てている。それに凄まじい反応の掌返しや、突如として赤くなっていく顔なんかを見ていれば彼が抱く感情は一目瞭然だ。
…兄として妹を好きになった相手ができたというのは少し複雑な心境でもあるが、相手は子供だ。
いちいちそこに何かを言うつもりもないし、何よりフーリにとっての一番は俺だと確信しているからな。
そこで騒ぎ立てるような真似はしないさ。
「じゃあ、妹と一緒に遊んでやってくれるか? …フーリ、俺は少し離れて見守ってるから好きに遊んできな」
「はい! にぃさまもありがとうございます!」
「ふ、ふん! まぁきゅうだいてんだな! …ほら、おまえたちもいこうぜ!」
ガルスの一声を聞いた子供たちは、それを聞くと同時に広場の中心に向かって走っていく。
フーリもまたそれに続くように草葉の上を駆けていき、次第に小さくなっていく影を見守りながら一人取り残された俺はまた別の場所へと向かって行く。
「アクトは遊びに行かなくても良かったの? せっかくなら一緒に行ってくればよかったのに」
「俺は別にいいですよ。同年代の子と遊ぶ機会をフーリに作ってあげたかっただけですから」
少し離れた位置。木陰になっている空間に佇んでいたのは赤髪を揺らしながら休息を満喫していた師匠だ。
彼女の隣に俺も座り込んでいけば、涼しい風が肌を通り抜けていき心地よい感覚を味わうことができる。
「でもちょっと意外だったなー。アクトならフーリを一人にしないために是が非でも一緒に混ざるものだと思ってたからさ」
「…最初は傍にいようかとも思ってましたけどね。ただ、これもフーリが俺以外にも年齢が近い相手と接するために良い経験になりますから、そこに俺がいたら意味がありませんし離れただけですよ」
子供たちに声を掛ける際、あの時までは俺も一緒に遊びに混ざってフーリの傍にいようと思っていたが、そこでふと考え付いたことがあった。
これまで彼女は様々な相手と関わる機会があったが、こうして同年代の少年少女と対等に接する機会はなかった。
ならば、あの状況を利用しない手はない。
本音を言えば俺もフーリと離れることはしたくなかったが、これもある意味では良い練習になる。
たとえ俺がいない状況でも、彼女が一人で自分の意見を言えるようになるために遠慮なくぶつかってくるあの子たちと関わることは少なからず影響を与えてくれるはずだ。
それを考えれば、この判断も決して間違ってはいないだろう。
「それに安全対策もしてますし心配もありません。フーリには俺の魔力をマーキングしてますし、もし何かあったらすぐに駆け付けられます」
「それもそっか。なら私たちはしばらくゆっくりしてても大丈夫そうだね」
もちろん、彼女を一人にするとなればそのための行動はしっかりととってある。
もともとはフーリが迷子になってしまった時のためにと用意していた対策案の一つだったのだが、現在彼女には俺の魔力をわずかに付着させている状態であり、それを辿ればすぐにでも現在位置を把握することができる。
今も少し確認してみれば大勢の小さな魔力の中に俺の魔力があることを確認できるので、特に大きな問題も起きていないことが確認できる。
師匠の言う通り、何か大きな問題でも起きない限りはここでのんびりとしてても問題はないだろう。
せっかくできた休憩時間だ。
ここいらで少し魔法の開発にでも時間を費やして、暇を潰しておくのも悪くはない。
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