第四十六話 事後報告


 その後、俺が目覚めたことを他の者にも伝えるために師匠が一度医務室を後にし、しばらくすると父さんや母さん、それから仕事の合間を練って訪れてくれたリシェルなんかもやってきた。

 どうやらフーリだけではなく他の者たちにも相当な心配をかけさせてしまったようで、俺が問題なく起きている姿を見て一様に安心してくれていた。


 …ただ、母さんからは安心するのと同時になぜこのようなことを黙っていたのかと、とてつもない勢いで説教を食らってしまったので今後は絶対に報告しようと心に誓った。

 いやぁ、本当に凄まじい迫力だったな……もう二度と思い出したくもないお叱りだったが、それもこれも自分が全て悪いだけなので反論の余地もないし………


 まぁそれは置いておこう。

 なんにせよ、どうやら俺が目を覚ました段階で既に外傷は完治していたようで毒に関してもほとんどがフーリの魔法によって分解されていったようだ。

 なのでそこからのことは軽く体に異常がないかといったことを軽く確認したらすぐに普段通りの生活に戻ってもよいとのことだったので、特に後遺症等もなく日常に復帰することができた。


 そして無事に体力や体調も復活した今、俺は父さんの仕事場でもある執務室へと訪れており、そこに置かれているソファに腰掛けながら父さんと向き合う形で座っている。

 …先ほど向こうから呼び出される形でここまでやってきたが、見た限りこの場にいるのは俺と父さんの二人だけ。


 いや、正確には家令として我が家に勤めてくれている執事のラフロシアも傍にはいるが、彼はこの対話に割って入ってくることはないだろう。

 実際の年齢はかなり上だと聞いているのだが、その事実を全く感じさせない覇気とでも言うのか振る舞いを常日頃から心がけているラフロシアがものを言ってくることがあるとすれば、それは何か俺たちが致命的な間違いをしている時かアドバイスを送ってくるときだけだ。


 ゆえに、実質ここからの話は俺と父さんの二人だけで進むと思ってしまっていい。


「今回の件だが、少し報告しておきたいことがあってな。その内容がアクトにも関係してくることだから聞かせておいた方が良さそうだったのでここまで来てもらった」

「俺に関係のあることとなると…あの襲撃のことで何か分かったことでもあったのですか?」

「…相変わらず物分かりが良い子だな。だが、全く持ってその通りだ」


 …ふむ。タイミング的にもこれまでの時系列を考えてみても、そうではないかとほとんど確信をもって聞いてみたがやはりその通りだったようだ。

 俺に向けて仕向けられてきたあの襲撃者は俺個人と関わりがあった感じではなかったし、おそらく誰かに依頼をされて襲ってきたという感じだろう。


「こちらで身柄を捕らえたならず者だが、あの者を尋問したところ闇ギルドからの依頼を受けて今回の襲撃へと至ったということが分かった」

「闇ギルドですか……またきな臭くなってきましたね…」


 この国に限った話ではないが、各地の街には闇ギルドと呼ばれている非合法の組織があると言われている。

 そこでは対象の暗殺や窃盗など、おおよそ真っ当とは呼べない依頼ばかりを取り扱われており、その方針ゆえに国からも見つけ次第捕縛するというお触れは出されているが……向こうもそう易々と捕らえられるようなヘマをする相手ではないようで、なかなか一斉掃討には至っていない。


 そしてそんな組織が今日まで生き残っている要因としては、表立っては言えないが隠れた需要の高さからきているものもあるんだろう。

 自分たちにとって邪魔とも言える相手の抹消、妨害工作や襲撃といった高い立場にいる者ほどそうしたことを裏で実行している者は少なくないと聞いている。


 そういった権力者との影ながらのつながりがあるからこそ、王都に在中している精鋭騎士団も容易に手を出すことはできないのだろう。

 あまり関わりたい相手ではないが、今回に限っては俺がそうした闇に潜んでいる連中のターゲットにされてしまったと………


 こういう相手にだけは近づきたくないと思っていたのに、まさか向こうの方から寄ってくるなんて考えもしていなかったからな……来てしまったものは仕方ないが、やはりこうして父さんの口から事実を聞かされると現実味も増してくるので憂鬱な気分にならざるを得ない。


「あぁ、さすがにそんな場所からの依頼ともなると相応に相手も絞られてくる。何せ闇ギルドに依頼を出せるほどの者ともなれば必然的に地位は高まってくるからな」

「…ふむ。その相手というのはもう犯人が自白してくれましたかね?」

「尋問の結果ではあるがな。当初は中々口を割らなかったようだが……それも限界を迎えたようで、ちょうど昨日の内に情報を吐いたとのことだ」


 俺を狙ってきた襲撃者。

 現状ではあいつだけがギルドへと依頼を出した真犯人へとつながる糸口であり、貴重な情報源でもある。


 …いやー、あいつを生かしておいてほんと良かったわ。

 あの夜の攻防の中で、俺はやつの四肢に向かって【ディープマニラ】を発動させることで無力化させたが、やろうと思えば頭蓋に向かって放ち即死させることだってできたのだ。


 それをしなかったのは、俺が殺人をすることに対して忌避感を持っているから……ではない。

 そもそも俺の命を狙ってきた時点でそんな敵にかける容赦など持ち合わせていないし、人の命の価値が軽いこの世界で生きていくにはいずれそうして機会も巡ってくるだろう。


 ゆえに、とうの昔に人を殺すことへの覚悟自体は決めていたしあの場面でも一瞬その考えは浮かんできたが、冷静に考えてみればあいつを殺してしまうと詳しい事情を聞き出す相手がいなくなってしまう。

 魔法を発動させる直前になってそのことに思い至った俺は即座に魔法の着弾ポイントを頭部から四肢へと変更し、相手の機動力を奪うことで後に情報を引き出すための機会を残しておいたのだ。


 …まぁ、そのせいで俺の魔力を無駄に消耗することになったという余談もあるが、あそこで出し惜しみしていればこちらがやられていたし仕方ないだろう。

 どうあっても今になってそれらの積み重ねが効果を発揮しているのだから結果オーライだ。


 そんなことを考えていると、父さんの口から今回の首謀者だろうと思われる者の名が口にされる。


「そしてその依頼相手だが……犯人が吐いたのは──ゴアグル大司教からもたらされたものだったということだ」

「……なるほど」


 告げられた名前に、不思議と驚きは感じなかった。

 ゴアグル大司教。俺とフーリが教会へと視察に赴いた際に案内役を務めていた男だ。


 大司教という教会の中でも有数の地位に君臨しており、立場を考えても闇ギルドへと依頼を出せるだけの伝手や金銭力は間違いなくあるだろう。

 …そして何よりも、視察の場で幾度も感じたこちらを見下してくるような粘着質な悪意。


 フーリという稀有な才能を持つ相手にはその手を揉みながら近寄り、大した価値もなく自身が見下せると判断した相手に対しては、表面上は友好的に接しながらも内心ではとことん嫌悪する。

 そんな内部が明け透けて見えるあの者ならば、今回の事件の引き金を引いた相手だと言われても疑問は覚えなかった。


「そういうことならば納得です。…あまり、信じたくはないですが」

「私としてもこれはさすがに予想外だった。……まさか教会内部にそのようなことをする者がいるとはな」


 教会は女神を崇める信奉集団であり、その傾向ゆえに内部での立場が上の者ほど清廉潔白を好んでいる者が多い。

 もちろん、教会も一枚岩ではないので全てが全て綺麗であるとは断定できないが……それでもかなりの地位に立っているはずのゴアグルが、よりにもよって闇ギルドという犯罪の象徴とも言える組織とのつながりがあったなど想定の範囲外もいいところだったのだろう。


 あの粘りつくような侮蔑の視線を直接向けられた俺は心の片隅で怪しいとは思っていたが、そんな事情を知る由もなかった父さんはそれが尚更だったに違いない。


「だが、これを何もせずに終わらせるわけにもいかない。何しろ私の息子が狙われたのだからな。…今度私は、教会に正式に抗議に向かうつもりだ。お前さえよければ、その場にアクトも……」

「行きます。行かせてください」

「…悩む素振りさえないか。分かった、そのように手筈を整えておこう」


 父さんから申しだされた誘い。

 この暗殺未遂という事件に対する抗議をするためにゴアグルもいるであろう教会へと向かうことに俺も同行するかどうかという問いに、俺は一分の迷いもなく答えを返す。



 …答えなんて決まっている。迷うまでもない。

 ここまで我が家の安寧を揺らしておいて、さらにはフーリを悲しませてくれたのだ。


 その報いを、愚か者の末路は……俺自身の目で見届けてやろう。

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