第二十三話 治癒の輝き
ゴアグルの案内の元連れてこられた一室。
その扉の先では、思っていた以上に広いスペースが確保されている空間が広がっており……そこでは、多くの魔力が飛び交っている様が確認できた。
ある場所では、腕に傷を負っていた男に法衣を纏った聖職者がその掌をかざせば金色の光が放たれると共に癒されていき、またある場所では足に怪我をしていた女性を治す景色も見られた。
…そう。こここそが教会でもメインの目的として扱われることもある診療所を兼ねた空間であり、想定していたことではあるがあちこちで希少とされているはずの光属性魔法が次々と行使されている。
(これが光属性魔法か……事前に話だけは聞いてたけど、なかなかのものだな……)
幼い頃から魔法というものに触れてきた俺ではあるが、これまでの人生で見かけてきたものはほとんどが攻撃や防御といった戦闘行為に直結するものばかりであり、こういった直接戦闘とはほぼ無縁の魔法に触れる機会というのは少なかった。
いや、当然やろうと思えば見れるものではあったんだ。
何しろ、他でもない我が妹は目の前で繰り広げられている光景と同じ光属性の適性を持つ者であり、当然回復のための魔法だって扱うことができる。
だが、そこまできて盲点だったと言うべきか、見落としていたと言うべきか……フーリの回復魔法の練習ができないことに気が付いてしまった。
そもそも、回復魔法というのは対象となる相手の傷を治癒する、再生するための魔法であり、それは怪我を負った対象が居なければ扱えないものだ。
つまり、今まで屋敷からほとんど出たことの無いフーリにとってはそんな相手と接する機会なんて皆無と言い切ってしまってもいいくらいであり、せいぜいが手のひらから光の球を放出する【
だが俺とて、そんな現状に甘んじていたわけではない。
本人が望んでいるのならという前提があってのことだが、フーリには光属性魔法も鍛えてほしいと思っていたので、一度俺が短剣で指に軽く傷でもつけて治療の練習台になろうかと思ったのだが……そんな一部始終を眺めていたフーリに半狂乱になりながら止めてほしいと頼まれてしまったので、その案もあえなく却下となってしまった。
結局、フーリは師匠との模擬戦後に付いた俺の軽い擦り傷なんかを治すくらいしか練習の機会には恵まれず、他の二属性と比べれば練度自体は低いままだった。
…まぁ、そんなことは些細なことなんだけどさ。
「こちらが教会の診療所となっております。ここでは日々様々な患者の方々が運び込まれており、我々はそうした者達を治療することで女神様から授けられた光属性魔法の修練にも励んでいるのです」
…ふむ。光属性魔法が神から与えられた魔法云々はさておき、理には適っている。
言い方は悪いが、怪我人が集中してくるこの場所は魔法の練習台としては最適な環境だし、それを経験することで現場の雰囲気が知れるというのもまた大きな糧となるだろう。
あまり教会にフーリを連れていきたくないという思いは変わらないが、やはりこうした環境というものに関してはいくら貴族の権力があっても用意できるものではないので、彼女のことを思えばこの場に訪れることも認めざるを得ないかもしれない。
ゴアグルが延々と細かい説明を行う中で、俺はそんなことを考えていると……唐突に、入口の方から焦ったような声を上げながら入ってくる者の姿があった。
「きゅ、急患です! どうやら家屋の修復作業中に屋根から転落してしまったようで、重傷を負っています! 誰か治療を頼みます!」
診療所全体に響き渡っていくほどに大きな声を張り上げた男の後ろには、担架のようなものに乗せられながら全身から血を流しているのがここからでもはっきりと確認できた。
見るからに緊急事態であり、即座に治療に取り掛からなければ命にかかわるだろうが……どうしてか、声を上げる者はいない。
「だ、誰か手の空いている人はいませんか!」
患者を連れてきた男も必死に声を上げ続けているが、それに応じる者は出てこない。
…これまたタイミングが悪いというべきか、現在の診療所で治療に当たっている者は全て他の患者を担当してしまっており、手の空いている者はいないのだ。
もっと詳しく探してみれば、中には手隙の者もいるかもしれないが……そんな悠長なことをしている時間もなさそうだ。
現在運び込まれてきた重体の男はその呼吸を荒げながらもその勢いが弱まってきているし、あと少しもすれば最悪の場合も考えられる。
男の痛烈な感情が響く中、彼を助けることはできないのか……そんな雰囲気が充満していく時、俺の隣で状況を見守っていたフーリが声を上げた。
「…では、私が治療を施します。まだ慣れていないのでできるかは分かりませんが、このままではその人も危ないでしょう」
「……フーリ?」
どこか喧騒に満ちた空気の中でもはっきりと通ったその声は、聞き間違えようもない最愛の妹のもの。
俺もまさかここにきてフーリが名乗り上げるとは思っておらず、若干面食らってしまった。
「…大丈夫なのか? フーリだって怪我人を見るのは初めてだし、もう少し落ち着いてからの方がいいんじゃないか?」
「いいえ、にぃさま。そんなことをしていればあの人はきっと死んでしまいます。…ですが、私の光属性魔法ならば助けられる可能性はあります。ならば、私にできることをしてあげたいんです!」
俺が危惧したのは、普段はまず見かけることもない血まみれとなった怪我人の姿にフーリが委縮してしまうのではということ。
何分普段は屋敷の中で育ってきた子だ。血に塗れた怪我なんてそうそう見ることはないし、それに気が動転して冷静な判断ができなくなっていたとしてもおかしくはない。
実際、今も気丈夫なように振舞いながらもその手はかすかに震えているし、恐怖心は拭えていないのだろう。
…しかし、そんな心境の渦中にあってもフーリは自らが治療をすると言ったのだ。
それは目の前の困っている人を見捨てられないという優しき心根。
そして、己の力を他者のために使ってあげたいという強くも凛々しい性根による決意の表れだったのかもしれない。
だったら、俺がここでするべきは止めることではなく、少しでも安心できるように送り出してあげることだろう。
「…そうか。ならあの人を助けてあげてくれ。無理はしなくてもいいからな」
「はい! …では、行ってきます」
どこまでも心優しく育ってくれた妹の行動に内心では嬉しく思いながら、俺はこの後の展開に考えを馳せる。
見るからに重体となった男。そして、その治療に携わるのはまだまともに光属性魔法の修練も積めていないフーリ。
普通ならば、まず効果的な治療は望めないと判断するところだ。
事実、俺の正面に立っているゴアグルはフーリが回復を行うという決断に懐疑心を抱いているようだし、わずか三歳の子供があれだけの傷を治せるほどの魔法を使えるなんて思ってもいないのだろう。
…だが、その予想は大いに外れている。
確かにフーリはまだ訓練を実践できていない。その経験の数だって他の光属性使いとは比べるまでもないだろう。
しかし、そんな状況にあっても俺は彼女が治療を成功させるという確信を持っていた。
踏んできた場数の不足。それに伴う鍛錬の少なさ。
そんな不利的要素を軽く吹き飛ばしてしまうくらいの才能が、フーリにはあるのだから。
「…大丈夫ですか? 今から私が魔法を使いますので、少しだけ離れていただいてもよろしいでしょうか?」
「フ、フローリア様!? …わ、分かりました。よろしくお願いいたします」
怪我人の男の近くまでやってきたフーリに対して、男を運び込んできた男はひどく驚いたような反応を見せる。
さすがにこんな状況ではあっても、俺たち貴族の顔くらいは知っていたようだし、そんな身分違いとも言える相手が傍にやってきたらああもなるか。
それでも、今はそんなことを言っていられるような事態でもないので、すぐにその場から男が離れたのを契機としてフーリは魔法を行使するために集中し始める。
男の胸元近くに両手をかざし、その身からあふれ出すようにもたらされた莫大な魔力が彼女を中心として巻き起こってくのが目に見えた。
そして、少しの時間が経ったタイミングでフーリはその名を告げる。
「……【
その一言がもたらされた瞬間、フーリの手からもたらされた光が男を包み込んでいくかのように広がっていき、それと同時に全身にできていた傷がみるみるうちに塞がっていく。
それはまさに、神の奇跡とも思えるかのような光景で……俺を含めたその場の全員が、視線を吸い込まれていくかのような神々しさすら兼ね備えていた。
男の傷が塞がっていくと、それに伴って次第に呼吸も落ち着いたものとなっていき……安心できる状態になったことを雄弁に物語っていた。
「……ふぅ。これでもう大丈夫でしょう。すみませんが、この後のことは任せてもいいですか?」
「え、あっ! は、はい! お任せください!」
一連のやり取りを眺めていた傍の男にフーリが声を掛けて後始末を託すが、呆然としていた彼は一拍遅れて言葉を返す。
その態度は貴族に対する不敬とみなされてもおかしくはないものだが、彼の反応も理解できるので特に指摘することもない。
…この場の全員が驚いたかのようにしている原因。それはフーリが治療を成功させたことももちろんそうだが、最大の要因は彼女の魔法の効果が高すぎたことだろう。
本来、【
それこそ、できることといえばせいぜいがかすり傷を治す程度のものであり、重体患者を一回で完治させられるようなものではない。
…だがそんな事実に反して、フーリはその圧倒的な才能と莫大な魔力にものを言わせて治療を成功させたのだ。
そして、そんな一部始終を眺めていたのは俺だけではなく、当然教会関係者のゴアグルも目撃していたわけで………
彼はあまりの光景に驚いたように目を丸くさせていたが、次に考え込むような仕草を見せたかと思えばその口元に深い笑みを浮かべていた。
(…ろくでもないことになる予感しかしないな)
妹の偉業を褒めたたえてやりたいところだったが、その前に面倒な事態に発展する予感を覚えざるを得なかった俺は、またもや頭に響いてくる頭痛に悩まされることになった。
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