第二十四話 守るために
重体患者を無事に完治させることに成功したフーリ。
そして、その光景を眺めていた周りの者達はしばらく呆然としていたが、徐々に状況を理解し始めると男の安否を確認していった。
それも全て無事に終わると分かるや否や、周囲の者はフーリが成し遂げたことの凄まじさとその行動の真摯さに胸を打たれるかのように、彼女を褒めたたえた。
そんな周囲の対応に始めは戸惑ったように応じていたフーリだったが、その喧騒が少し落ち着いてくると俺の方へ一目散に駆け寄ってくる。
「にぃさま! 私も光属性魔法を扱えました!」
「…あぁ、凄いな、フーリは! さすが俺の妹だ!」
教会関係者の目の前で妹の才能の片鱗を見せつけてしまったことは少し気になったが、今はそれよりも頑張ったフーリのことを褒めてあげる方が大切だ。
俺の胸に飛び込んできた彼女を思いきり抱き締めてあげながら、こちらも心からの称賛を送ってやる。
そうすれば、フーリは何よりも可愛らしい笑みを浮かべながら俺の顔を見上げてくる。
妹が初めて光属性魔法を使えたことももちろんそうだが、彼女は人一人の命を救ったのだ。
これは紛れもない彼女自身の功績であり、それはいずれフーリにとっても良い経験になってくれるだろう。
…そうして、俺たちが兄妹のやり取りを楽しんでると、そこに話しかけてくる者が一人現れる。
「いやはや! フローリア様が素晴らしい才能をお持ちのことは十分理解していたつもりでしたが、まさかここまでのものだとは思ってもみませんでした!」
「……えぇ、何せ自慢の妹なので」
声を掛けてきたのは、先ほどまで沈黙を貫いていたゴアグル。
彼は、もはやわざとらしさすら感じられる褒め言葉を押し並べながらこちらへと近づいてきており、その瞳には隠しようもない欲が目に見えている。
俺は、そんな彼に対してフーリを決して離さないようにと手に力を込めながら、大人しく相手の言葉を待つ。
「しかしどうでしょう? やはりフローリア様も貴族というしがらみ多きご身分ではその才を発揮する場面も限られてしまうのでは? ここは一度、我々と共にその御力を振るわれるべきでは───」
「お言葉だが」
だが、そんな調子で放たれた言動に対して俺は間髪入れずに意見を挟む。
…今の発言だけでも王国貴族を侮辱した罪として問えるくらいだが、この男のことだしその程度のことで俺が何か言うなんて考えてもいないのだろう。
実際、そのことで罪に問おうなんて思ってもいないしな。
「フーリは俺の妹だ。そして、その行く末に関しては我が家に決定権がある。…彼女の才能を認めてくださるのは嬉しいが、それはお忘れなきよう」
「……そうでしたな。これは失礼致しました」
ぴしゃりと向こうの反論を聞く耳すら持たないといった態度を貫きながら、暗に教会には渡さないという意思を明確に伝えておく。
この間にも張本人のフーリは俺の腕の中で何が何やらといった様子だったが、自らに関わることを話し合っているということはいくら何でも察してくれたようで、静かにその様子を見守ってくれていた。
…本当に賢い子だ。家に戻ったら、あとでしっかりと褒めてあげないとな。
そして、俺の取り付く島もない態度を見て諦めもついたのか、ゴアグルもそれ以上の言葉は発することもなく静かに下がっていった。
……これで諦めてくれればいいんだが、それはまず無理な話だろう。
何しろ、あいつの目から俺を蔑むような視線をビシビシと感じるのだから。
その後、教会内の主要なポイントを見回り終わった俺たちは残りの場所もすぐに見終わり引き上げることとなった。
その間もゴアグルは当然のようにフーリの勧誘を行う……かと思いきや、それまでの言動が嘘のように大人しい姿勢を見せ始め、案内も淡々としたものになっていた。
もしや、今からフーリに対する印象をまともなものにしておいて、彼女のパーソナルスペースに入り込もうとでもしているのかと思ったが……見ている限り、そんな様子でもなさそうだったので、ますます意味が分からなかった。
以前の接し方と比べると不気味にも思える豹変具合だが、結局最後まで彼が無理な接触を試みようとすることはなく、そのまま引き上げの時間となった。
「…それでは、今日は案内をしてくださって本当に助かった。ゴアグル殿、感謝する」
「……いえいえ、お二方の一助となれたのなら至極恐悦でございます」
恭しく頭を下げながら、しかし言葉にはどこか力のこもっていないようなあやふやさすら感じさせながらゴアグルは馬車に乗り込む俺たちを見送る。
その態度のちぐはぐさは非常に気になったが、今からそれを追求したところで時間の無駄となるだけだろう。
そう思って自分を無理やり納得させ、内心の片隅でざわつく嫌な予感を意識的に無視しながら形式的な挨拶を交わす。
それに続いてフーリも視察の代表者としての言葉を送るが、彼はそれすらも真剣に受け止めた様子もなくただ漫然とした時間が流れただけだった。
(…何だ? もしかして、本当にフーリが教会に入るつもりがないことを知って諦めたのか?)
頭の中で浮かび上がってくる予想は、先ほどまではありえないと切り捨てていた可能性。
今までの態度を顧みれば、ゴアグルが諦めることなど無いと思っていたが……もしかしたら、フーリと俺の会話やその内容から、彼女が俺から離れるつもりがないことを察したのかもしれない。
希望的観測でしかないことは確かだが、それも決してありえない話ではなくなった可能性も出てきた。
もしそうなら俺としても安心できるのだが……ひとまず一応は警戒を続けておくとして、これからの動き方は向こうの出方次第に合わせる形でいいかもしれない。
そんなことを考えながら俺とフーリは馬車へと乗り込んでいき、教会の面々に見守られながら来た時と同じように騎士たちに囲まれる形で走らせていく。
長く感じられた視察だったが、ようやく落ち着いた時間に戻れるかと思うと肩の荷が下りる思いだった。
……そして、そんな俺たちを眺める粘着質な視線にも、気づくことはなかった。
「にぃさま。今日はありがとうございました!」
「ん? 急にどうしたんだ?」
帰りの馬車の中。そんな密室にも近い状態で隣に座っていたフーリから唐突に感謝の言葉を掛けられた俺は、そんなことを言われるのに心当たりなどなかったので、少し困惑してしまう。
だが、彼女の方はそんな俺の反応など織り込み済みだったのか、さして気にした様子もなく話を続けてきた。
「…私が怪我をした人を治そうとした時、にぃさまは止めることなく私を送り出してくださいましたよね? …本当は、あそこで動くべきではなかったのは分かっていましたから」
「…っ! そう、だったのか」
告げられた言葉は、俺にとっても想定外に満ちた言葉。
あの時、重傷を負った患者を目の当たりにした瞬間にフーリは真っすぐに飛び込んで行ったものだとばかり思い込んでいたが、何と妹は自身の才能を教会から欲されていることを事前に察していたようだった。
だが、その上でフーリは自分の我儘として怪我人を治す選択肢を取った。
それは、誰よりも他人のことを大切に思える彼女だからこそ、選べた選択肢だったのだろう。
「はい。ですがにぃさまは、私の意思を尊重して背中を押してくれました。だからこそ、それにお礼を言いたいのです!」
「…俺がやったことは大したことじゃないさ。あくまでフーリがしたいと思ったことをしてほしかっただけだからな」
「それでもです。実際ににぃさまの送り出しがあったからこそ、私は怯えることなく魔法を使えましたから」
「……そうか。それなら良かった」
俺のわずかな応援一つに、どれだけの力があったのかは分からない。
それでも、それが少しでも彼女の力になれていたというのなら、ここまでやってきた甲斐もあったのかもしれない。
そう思えるくらいには、今の一言で満たされたものがあった。
「まぁそこまで気にしなくてもいいよ。前にも言っただろ? 俺はフーリと一緒にいるためなら何だってできる。絶対にお前の味方でいるって。…その約束を守るだけだからな」
「…はい! 私もにぃさまの妹でいられて幸せです!」
「そうかそうか! 可愛いやつめ!」
嬉しいことを言ってくれる妹の頭を優しく撫でてやりながら、俺は彼女の今後に想いを馳せる。
教会からの勧誘から始まった今回の視察。一応の義理立てはした以上、これから向こうからの無理な誘いはそうそうなくなるはずだ。
…だが、それだけでは油断はできない。
教会以外にも彼女を狙っている者はいるだろうし、そこには非合法な連中も潜んでいる可能性だって否定できない。
そんな連中が俺たちの近くまでやって来た時、果たして俺はどこまでのことができるだろうか。
自分の実力がそれなりのものになってきていることは自覚している。
それでも、絶対のものではないのだ。
今隣にあるこの愛しい温もりを守るためにも、俺はもっと力を付けていかなければならない。
心の片隅でそんな決意を固めながら、俺たちは屋敷への帰路を辿っていく。
…近くに潜む悪意を、見落としながら。
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