第三十四話 襲撃者と略奪者


 初めての実戦が無事に終わってからしばらくの時が経過した。

 あれから俺は師匠と一緒に森にやってきては魔獣との戦闘を繰り返し、己の力量を底上げしている。


 やはり実戦でしか得られない経験値というものはあるのか、もちろん師匠と行う模擬戦も良いものであることに変わりはないのだが、それに加えるかのように実戦を投入することで俺の実力はメキメキと上がっていった。


「よっと!」

「グボオオッ!?」


 実際に今もムカデのような姿をした警報級の魔獣と単独でやり合っているが、あの頃のような危なげは全く感じられない。

 手に持った短剣を振るい、敵の腹の脇に備えられている足を斬り落としながらその機動力を奪い、確実に弱らせてからその首を落とせば……魔獣はピクリとも動くことはなくなり絶命していった。


「…大分戦えるようになってきたな。短剣のリーチの短さも気にしなくてよくなったし、やっぱこれはでかい」


 以前はその取り回しの良さに反して間合いの狭さが弱点となっていた短剣だが、今となってはそれもしっかりと改善している。

 その内容というのは端的に言えば【水刃アクアカッター】の応用であり、通常は三日月状の刃を空中に発生させるこの魔法を短剣の延長線上に直線で発動させ、その刀身の短さを補っている。


 最初は思いつき程度で使い始めたこの戦法なのだが、使っている内に思っていた以上の効力を発揮することを実感した。

 何せ、自分の思うままに刀身を伸ばせるということは敵にとっても予想外に間合いの広さで戦えるということであり、向こうからしてみれば安全地帯だと思っていた距離を開かれようともこちらは一方的に攻撃だってできるのだ。


 ただでさえ軽量の短剣にそれだけの攻撃力が付け加えられるとなればもはや反則の域であり、こうして今の戦闘でも使ってはいたが俺の理想通りの立ち回りでケリまで付けられた。


「今日はもう少し戦っていくか。…にしても、師匠はいつになったら戻ってくるんだ?」


 額に滴る汗を軽く拭いながらぼやくのは、ここまで共に来ているはずの師匠のこと。

 先ほどまでは一応俺の戦いぶりを見ていてくれたはずなのだが、この森の中でもそれなりに立ち回れるようになってきてからはその見守りも必要ないだろうということで一人にされることも出てくるようになってきていた。


 俺としてもいざという時の助けがないという緊張感は戦いの中でも程よいプレッシャーを与えてくれるし、警報級の魔獣相手でもそれほど苦戦することはなくなってきたので、それは受け入れている。

 …ただ、俺が一人になっている間師匠は何をしているのかというと、一人で森の中心部に向かって突き進んでいるらしい。


 俺がいるのは森林の中でも比較的浅い箇所になるので、それよりもさらに深い場所となるとより手ごわい魔獣がうじゃうじゃいると思うのだが……あの人のことだし、それは大した問題でもないんだろう。

 それよりも、弟子である俺が戦っている光景を見て自分も戦いたくなったとかいうのは本音だろうし、心配したところでけろっと戻ってくるのだからそれも無用というものだ。


 …だけどなぁ、人が真剣に戦っているときにどこかから炎が大爆発するかのような轟音を響かせるのは気が散るからやめてほしい。

 時折離れた位置から立ち上っている火柱を見かけると、こちらも命の奪い合いをしているというのに集中力が削がれるので少し勘弁してほしいところだった。


 それを本人に伝えたところで笑って流されるだけだろうけど、一応後で伝えておこうか。

 …あっ、また炎が噴きあがってる。


「というか、あれだけ大規模な炎出しまくって火事になったりしないのか? …しないんだろうな、師匠だし」


 視線の先にいるであろう師の暴れっぷりを目にしながら、その大火力による出力からもたらされる環境への影響を考慮するが、特段心配するようなことでもなかった。

 普通ならあれほどの炎を森の中で放てば、どこかしらに燃え移ってしまう危険性があるが……あの人に限ってそんなヘマはしないだろう。


 もしそんなことになれば俺のところまで焦げ臭い臭気が漂ってくるだろうし、すぐに分かるはずだ。

 それがないということは、あの人もそうならないように対策くらいは取っているということだ。


 …それにしても暴れすぎだとは思うけどさ。明らかに俺との模擬戦では出さない火力を放ちながら動き回っているようだし、その衝撃の余波でそこらの大木が折れていくような音が聞こえてくるし。

 後で森を荒らしまわった罰として父さんに叱られそうなものだが、そんな可能性は頭から抜け落ちているんだろう。


 俺には関係のないことなので、それは別に構わないが。


「向こうも戻ってくるまでに時間もかかるだろうし、俺も体力に余裕はある……あと二、三体だけ狩っていく、か……?」


 そこまで考えたところで、発動させていた【探知】に妙な反応が引っ掛かった。

 今いる場所から南に進んでいった先に複数の魔力が集合しており、それは全て連なるかのようにまとまった動き方をしている。


 魔力の感覚からしてもそこまで強大な力量は感じ取れないので、それだけならばありふれた魔獣の群れが固まって移動しているのかと思うが……俺が違和感を感じたのは、その先頭に立っている一つの魔力の塊がひどく弱弱しいように思えたところだ。

 感知できる魔力はその先頭にいる存在が圧倒しているはずなのだが、大きく消耗でもしてしまっているのかそれ以外の者達に追い立てられるような動き方をしている。


 …気になるな。少し行ってみるか。


 距離からしてみれば、そう大して離れているわけでもない。

 この程度なら十数秒もあればたどり着ける。


 もし俺の手に負えない事態が発生していたら師匠に連絡を入れればいいし、ともかく一旦は様子を確認してみよう。





     ◆





「はぁっ…! はぁっ……!」


 走る。走る。

 それをすることでどうなるのかは分からないけど、それすらもやめてしまったら今の私は簡単にこの命を落とすことになるだろう。


 もう身体は限界を訴えかけている。これ以上まともに動かすことなんてできやしないと。

 それでも、後ろに追ってきている存在がいる限り、この足を止めればその時が私の最期になってしまう。


「…っ! まだ、来てる……っ!」

「ゲギャギャギャッ!!」

「グギャギャア!」


 不快な鳴き声を上げながら私の後ろを付きまとってくるのは、全身を緑色の肌で包んだ魔獣としても知られているゴブリン。

 彼らはその手に棍棒だったり錆びれた短剣だったりを携えながら私を追い回し、一時の殺戮に……違う。あいつらにとってこれは殺戮ですらなく、ただ逃げることしか出来ない私を苦しませてから仕留めるだけの遊びでしかない。


 その証拠に、これまでにも数回は追い付かれそうな場面があったけれど、やつらはまるで必死に逃げ惑う私を見て嘲るかのような表情を浮かべていた。

 そんな戦うことすらできない……逃げることしかできない私だけど、自殺願望があるわけじゃない。


 数多の魔獣の生息域であり、危険地帯としても有名なこのダグ森林に足を踏み入れたのは、そうするしかなかったから……そうすることでしか、私が生き延びる術はなかったからだ。

 …だから、こんなところで死んでなんていられない! 私は絶対に生き延びるんだ!


 心の中ではそうやって己を鼓舞しているけれど、そんな心持ちに対して肉体というのは正直だ。

 とっくのとうに体力の限界を迎えていた私の身体は、これまで無理を押し通してきた代償を支払うかのように唐突に踏ん張っていた力を失っていき……足元の木の根につまずいてしまった。


「あぅっ! …こ、こんなところで……!」


 すぐに起き上がらなければ、すぐにゴブリンたちに距離を詰められる。

 そう思って立ち上がろうとするけれど、いくら腕に力を入れようとしてもその意思に反するかのように、腕には力が入らない。


 …あぁ、どれだけ頑張っても、結局ここで死んでしまうのか。

 これから訪れる凄惨な未来を思い、短い人生ではあったがその終わりを悟ってしまった今、諦めにも近い感情が湧き上がってくる。


 死にたくはない。その意思に嘘はない。

 …それでも、ここまで恵まれない環境を整えられてしまえばその覚悟にも揺らぎは出てくる。


「…せめて、あいつらだけでも……!」


 ただでは死にたくない。それならば、今自分の目の前にいる敵だけでも道連れにしていく。

 そんな相打ち上等の決意を固めながら、起き上がらない身体を懸命に起き上がらせようとするが……そんな努力も虚しく、口から荒い息が吐きだされていくばかりだった。


 私はここで死ぬ。その事実は覆せない。

 ならば最後の抵抗として、迫りくる外敵だけでも共に持っていくという覚悟すら決めたというのに、それすらも果たせない。


 そうしている間にもゴブリンはじりじりとこちらににじり寄ってきており、ようやく力尽きた獲物である自分をどういたぶろうかとでも考えているのだろう。

 興奮したかのように吐き出されている呼吸には生理的嫌悪を覚えるが、今から私はあいつらに弄ばれるのだ。


「ぐっ、ぐうぅ……! 誰か、助けてよ……!」


 そんな私が最後に取れた行動は、助けを祈ることだけ。

 己の無力さに悔しさを覚え、瞳から零れ落ちる涙を拭うことすらできずにその時が近づいてくるのを横たわりながら体感していると……ついに、ゴブリンたちが私に追いついたのだろう。


 その拳に握られた得物を大きく振りかぶり、抵抗する意思は持ちながらもひたすらに無力なだけの私に対して振るってくる。

 本当に……つまらない人生だった。


 最後の最後まで何もできない自分に差してくる嫌気を感じながら、己の命の灯火が消える瞬間くらいは見届けようとその目を開いていれば……その瞬間、私とゴブリンの間にが割り込んできた。


「っ!?」

「ゴギャギャアァッ!?」


 それは私にとっても、ゴブリンにとっても想定外の展開。

 とてつもない速度を保持しながら飛び込んできたは、そのあまりにも凄まじい勢いゆえに地面に衝突すると同時に激しい土埃を舞わせていたが……次第に、その姿も目視できてきた。


「…おい、大丈夫か?」

「……あなたは?」


 木漏れ日に反射するような美しい銀髪を背に向けながら、たった今私に襲い掛かろうとしていたゴブリンをその手に持っている短剣によって一撃で仕留めてしまった彼。

 その声は、私の身を案じるかのような優しいもので……不覚にもその姿と相まって、私は彼の佇まいに見惚れてしまった。


 これが私と彼───否。後に私の主となる、アクト様との出会いだった。

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