第三十九話 人知れぬ才気


 その後、屋敷へと戻っていった俺たちはリシェルの身だしなみを整えさせるためにその場にいた使用人にその身を一旦任せ、こちらは父さんと母さんがいると聞かされた広間へと移動していった。


 聞かされた通りに姿があった両親に話し合いの場を設けてもらい、それまでにあった経緯や細かい事情。…そして、俺の専属使用人としてリシェルを据えたいという頼みを話していった。


 結果から言えば、その要求は通すことができた。

 最初は闇属性魔法の適性持ちだという事実に良い顔をしなかった父さんだったが、俺が今回ばかりは折れないことを察してくれたのか、苦い感情を浮かべた上ではあったが何とか許可は出してもらえた。


 しかし当然のことだが、無条件で通ったわけではない。

 いくら俺が直々に連れてきた者とはいえ、その魔法適性が闇属性である以上は何も考えずに引き入れるわけにはいかないし、その身辺調査も慎重に取り行わなければならない。


 調査自体は彼女自身にそこまで怪しい経歴があるとも思えないので問題もないと思うが、付け加えられた条件はどちらかと言えば俺に関わってくるものだろう。

 その内容というのはもしリシェルが魔法を使って俺に危害を加えようとした時、もしくは何かをしようとした時には俺自身がその対処に当たるというもの。


 要は怪しい動きを感じ取ったらそれを見過ごすのではなく、その後の始末もしっかりとしなさいということだ。


 一見厳しくも見えるこの条件だが、実際はこれでもかなり譲歩してくれている方だろう。

 なんせただでさえ偏見の目で見られやすい魔法の適性持ちを身近な場所に置くというのだから、それを認めてくれただけでも両親の懐の広さには頭が上がらない。


 それにこんな制約を取り決めたのも、巡り巡って考えれば俺の身を案じてくれているからこそだろうし、なおさら感謝の気持ちが強くなるくらいだ。

 …まぁ、リシェルも俺の言うことはしっかり聞いてくれるとは思うしそういう事態にはならないと思うが、万が一を考えればこれは必要な取り決めだった。


 いずれにせよ、リシェルは我が家で使用人として雇われることになりこれからそのための教育を受けていくとのことだ。

 さすがに今すぐに専属使用人とするには彼女はスキルも能力でも不足している面が多すぎるので、そこを埋めてから採用するという形になる。


 それが成されるまでにどれだけ時間がかかるのかは彼女の努力次第だが……特に問題視はしていない。

 使用人として働くための勉強、技能の習得といった課題を目の前にしてやる気を漲らせているリシェルの姿を見れば、そう長い時を経ずとも乗り越えてくると確信している。


 そんなこんなで、紆余曲折ありつつも丸く収まった今回の一件だが少々意外だったこともあった。

 それというのは、他でもないフーリがリシェルを我が家へと迎え入れることを歓迎してくれていたことだ。


 当初はブラコンである彼女のことだから、俺が新しく連れてきた人物には何か良くない感情を抱いてしまうのではないか、なんて懸念もしていたのだがそんな心配が全くの杞憂だったと思わせるくらいにはフーリはリシェルへと懐いているようだった。

 現に今もメイド服に身を包みながら屋敷の案内を受けている最中のリシェルだが、その案内役を買って出た俺に対して自分も同行したいとフーリ自らが申し出てきたくらいだ。


「リシェルっ! ここにあるのが書斎ですよ。ここでにぃさまが本を読むこともありますから覚えておいてくださいね!」

「フ、フローリア様! 走られると危ないですよ!」


 現在は俺とフーリとリシェルの三人で広い屋敷の中を歩き回りながら設備の説明なんかをしている真っただ中だが、フーリはテンションが振り切れているのか今にも走り出していきそうな雰囲気を出している。

 それを嗜めるように忠告するリシェルだが、あいにく彼女の言葉を聞き入れるにはフーリの目が輝きすぎている。


「フーリ、あまり先に行くと俺たちが追い付けないぞ。焦らなくても時間はあるからゆっくり行こう」

「あっ…そ、そうですね。一人で先走ってしまい申し訳ありません…」

「分かってくれたならいいさ。フーリだって悪気があったわけではないだろう?」

「はい! ただ、リシェルが屋敷に来てくれたのが嬉しくて、つい……」


 廊下を走った結果転んだりしてしまえば危険なことは確かなので、俺の方からもそれとなく忠告してやればフーリは少し落ち込んだようにしながらも止まってくれた。

 俺が想像していたよりもはるかにリシェルに懐いてくれているようだったフーリは、新しくやってきた身内とも言える存在を快く思ってくれているのだろう。


 これまで二人の様子を見ていた感じからの推測でしかないが、フーリはどことなくリシェルに対して甘えるような仕草を見せているように思えた。

 もしかしたら、フーリはリシェルのことを自身の姉のようなものだと思っているのかもしれない。


 実際には血のつながりなんかはないし、身分だって全く異なるものなのだが……彼女からすればそんなことは些事なのだろう。

 身近な年上の相手というのは俺という兄がいるものの、やはり同性という区分ではそこでしか分かりあえないことだってあるだろうし、二人にしか感じ取れないつながりというものもあるのだろうか。


 …いずれにせよ、フーリとリシェルの仲が険悪になるよりかは遥かに良いことなので俺からも言うことはない。

 これから過ごす毎日の中で二人が関わることだってあるだろうし、そこで築かれていく絆に俺が易々と介入するのは無粋だからな。


 あぁ、だからと言ってフーリとのコミュニケーションを蔑ろにするわけではないぞ。

 いくら彼女が心を許す相手が増えたからと言っても俺だってフーリと過ごす時間は最優先にすべき重要事項だし、それは揺らがない。


 あくまで彼女にとっての大切な相手が増えてくれたら嬉しいということであって、フーリにとっての一番の相手は誰にも譲らないつもりだ。

 それがたとえ従者であるリシェルであっても、両親であってもだ。


 心の中でそんな決意を再度固めていると、目の前でフーリとリシェルの二人が歩き始めるので俺もそれに続くようにして屋敷の中を歩き進む。

 途中で何度か仕事に努めている他の使用人ともすれ違ったので、それに乗じて新しい人員ともなるリシェルのことを紹介しておくことも忘れない。


 こうしておくことで後の彼女にとってもやり取りをする際にいちいち挨拶を挟む手間も省けるだろうし、やっておいて損もないはずだ。

 話しかけた使用人たちも最初は獣人という種族が異なる彼女の存在に驚いた様子を見せていたが、会話を重ねていく内に緊張した面持ちのリシェルのことを微笑ましそうなものを見守るような視線へと変わっていったので、彼らとの関係も問題なく進められそうだ。


「…にぃさま。リシェルは獣人なのにあまり良くない目で見られていませんが、何か理由でもあるのですか? いえ、もちろん差別をするつもりはないのですが……」

「ん? あぁ、そのことか」


 リシェルが別の使用人たちと話をしている間、隣に立っていたフーリが不思議そうな顔をしながら質問してきた。

 その内容はともすれば獣人という種族に対する侮蔑ともとられかねないものではあったが、彼女にそんなつもりはないことは分かり切っているので純粋に疑問に思っただけなのだろう。


 確かに言いたいことは分かる。

 リシェルは純粋な人間ではない獣人という種族であり、この屋敷に今働いている者の中では彼女を除いて同じ種族の者はいない。


 そんな中で突然現れた自分たちとは異なる種族の者ともなれば言いたくはないが、除け者にされたりグループの輪から外されやすくなったりということがあっても不思議ではない。

 人間は自らと決定的に違う要素を持っている異質な存在を遠ざける習性を有しているものであり、それは俺とて例外ではない。


 だというのに今目の前で広げられている現状では、リシェルが屋敷の者たちと朗らかに笑い合いながら談笑を繰り広げているという景色がある。

 まるで、種族の垣根なんて気にもしていないというように話し合う彼らの姿は、ある意味では異様とも言える。


「別に難しいことでもないさ。ただリシェルは周りの人から好かれやすいっていうか……多分要領がいいんだろうな。それはフーリも実感してるだろ?」

「そう、ですね……私もリシェルとは話しやすかったですし、我が家に来てくれるならとても嬉しいと思いました」

「なら、つまりはそういうことだ。リシェルは人の懐に入り込むのが異常なくらいに上手いんだよ」


 フーリの疑問に対して俺の返答は非常にシンプルなものだ。

 彼女と話していく内に俺も察したことだが、彼女は交渉術というかコミュニケーションというか、そういった分野でも頭一つ抜けて優れていた。


 本人が狙ってやっているのかどうかははっきり分からないが、リシェルと会話を重ねていくとこちらも気づかない間に警戒心が解かれていくのだ。

 これは俺としても嬉しい誤算ではあったが、いずれ確実に大きな武器となってくれるだろう。


 なにせ相手の警戒心を無条件で消せるとなれば、それはいつか出てくるかもしれない俺たちの敵対者の情報をほとんど無条件で盗むことすら可能になるのだ。

 そんな相手が現れるのかも不明ではあるが備えておいて損することはないし、どちらにせよ交渉において有利に立てる才能というのは間違いなく伸ばすべき点だ。


 俺の中でリシェルは戦力としても育て上げると決めている以上、妥協はしたくないしな。


「…そういうことであれば納得しました。リシェルは素晴らしい才能を持っていますし…そんな彼女を見出したにぃさまはもっと素晴らしいですね!」

「そうか? 今回の件はさすがに偶然だと思うけどな」


 息をするかのように俺を褒めちぎってくる愛しい妹の言動には少なからず嬉しくも思えてくるが、今回の一件に限っては完全に偶然による巡り合わせだ。

 なので俺自身の実力はそこまで関係ないのだが……それでも、フーリからの称賛は喜ばしいものだ。


 その礼の意味も込めて妹の滑らかな銀髪を撫でてやれば、彼女は心地よさそうに身を委ねながら大人しく身を任せてくれている。


「フーリもリシェルとは仲良くしてやってくれ。…きっと、良い話し相手になってくれるはずだ」

「もちろんです! 私もリシェルのことは好きですから! …あ、もちろんにぃさまが一番ですよ」

「ははっ。分かってるよ」


 どこまでも俺の喜ぶツボを把握している妹への愛しさが溢れてくるのを感じながら、俺は少し遠くで会話を続けている従者たちの姿を見る。

 リシェルは最初の緊張はどこへやらといった様子であの輪の中に馴染み始めており、こちらが心配するまでもなく上手くやっていけることを確信させてくる。


 波乱続きだった今日の出来事だが、ようやく落ち着いた状況にできたことに俺は安堵の息を人知れず吐くのだった。

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