第五十話 固まる決意
身柄を捕らえられたゴアグルの元を訪れ、その末路を見届けながら胸の内の覚悟を新たにしてきた俺は屋敷へと戻ってきていた。
…そこまで長く空けていた意識はなかったんだが、また随分と久しぶりな気がしてしまうのはなんでなのかね。
ともかくとして無事に我が家まで戻ってきた俺は一旦身体を休めるためにも自室へと戻ろうとしたが……その途中で聞き慣れた最愛の声が響いたのを耳にして足を止めることになる。
「…にぃさま! お戻りになっていたのですね!」
「フーリか。もう教会のボランティアは終わったのか?」
「はい! 今日もたくさんの人の怪我を治して差し上げました!」
「そうかそうか! 相変わらず偉い子だな。本当に俺も誇らしいよ」
ちょうど俺が帰ってきたタイミングでフーリも教会からのボランティアを終わらせてきたようで、こちらを見つけるなり走って駆け寄ってくる妹をしっかりと抱きしめ返してやる。
…こうしていると、何だか帰ってきたって感じがするな。
満足そうにしているフーリの頭を撫でていると彼女も気持ちよさそうに笑みを浮かべてくれるし、それを見た俺もまた嬉しくなってくる。
先ほどまで殺伐とした場所に向かっていたからか、その分彼女を愛しく思う気持ちも心なしか増しているようだった。
いや、大して変わってもいないか?
もともとフーリへの愛情は天元突破しているようなものだし、そこまで大きな違いもなさそうだしな。
なんにせよ、こうやって兄妹水入らずの時間を過ごせるのは幸せなことだ。
「…? 何だかにぃさま、今日はいつもよりも長く抱きしめてくださいますね。何かあったのですか?」
「ん、そうか? あまり意識はしてなかったが……まぁあったと言えばあったかな」
そうして俺がフーリとのコミュニケーションを楽しんでいると、彼女の方から不思議そうに疑問が飛んできた。
俺としては意識してやったことでもなかったのだが、毎度のようにハグをしてやっているのでその時間の長さがいつもよりもわずかに長かったことに思い至ったのだろう。
「ただ、フーリが気にすることでもないさ。…なんというか、今まで以上にフーリ達を守ってやれるくらいに強くなろうと思っただけだ」
「むっ! もしやまたお一人で解決しようとしていませんか? 駄目ですよ、しっかり私たちを頼っていただきませんと!」
「ははっ、分かってるよ。本当に困ってたらちゃんと言うさ。…けどこれに関しては、俺なりの覚悟みたいなものだから」
独り言にも近い発言に対して以前に交わした約束を守っていないのではないかと疑われてしまい、それまでの楽し気な顔から一転してむくれた表情になるフーリ。
そういうつもりで言ったわけではないし、その約束自体はちゃんと守るつもりなのですぐに訂正すれば何とか納得してくれたようだ。
こちらとしてももうあのような死にかける経験なんて何度もしたいものではないし、できることなら平穏に過ごしていきたいと思っている。
…だがまぁ、これからのことを考えるとそれも難しいだろうから訓練に励んでいるんだけどな。
そんなことを考えていると、気難しそうな雰囲気を纏わせていたフーリが俺の顔を見上げるようにしてその可愛らしい顔を持ち上げ、どこか決意したような感情を思わせながら俺に向かって宣言してくる。
「…分かりました。ならば私も、これからはにぃさまを守れるくらいに強くなってみせます!」
「……フーリが、俺を?」
「はい!」
自信満々に伝えられてきたのは、これまた想像の遥か斜め上をいく内容だった。
これまでに起こった出来事を介してフーリも思うところでもあったのか、それともただ単に今思いついただけなのか………
それは定かではないが、それでも俺を守ってみせるという言葉には思わず目を丸くしてしまったくらいだ。
「前々から思ってはいました。にぃさまがレティシアと共に訓練に力を注いでいるのは私を守るためなのですよね?」
「…そうだな。それを隠したところで意味なんてないし」
「それ自体はとても嬉しいです。ですが、そればかりに甘えていては駄目だということも否応にも理解させられました」
フーリが語るのは今までに経験してきたこと、その過程から導いた考えだった。
俺が彼女を守ってやりたいと思っているように、フーリもまた俺のことを助けたい、支えたいと考えてくれていたんだ。
「私程度の力ではにぃさまのお役にも立てない……それはもう分かっています」
「そんなことはないだろう。フーリの治療にはいつも助けられてるぞ?」
「いいえ。そう言ってもらえるのは嬉しいですが、今回のような事態では力不足なことは確かですから」
どうやら彼女は自分の力では俺のためになれないと思っていたようだが、決してそんなことはない。
毎回訓練の終わりには体に付いた擦り傷や切り傷を治療するために魔法を使ってくれているフーリには助けられているし、感謝だってしている。
なので役に立たないなんてことはまずありえないのだが……俺がそう言ったとしても彼女は納得しないだろう。
こればかりは、当人の感情の問題なのだから。
「だからこそ、私自身ももっと強くなりたいのです! それこそにぃさまの隣にも立てるくらいに!」
「……そうか。分かった」
妹の力強い宣言に対して、俺は一切の否定的な言葉を口にしない。それはしてはいけない。
ここまで自分のことを思ってくれている愛しい存在に対してその決意に水を差すような真似は無粋だと分かっているからこそ、ここでその意思を曲げるようなことは言わなかった。
「なら、これからはもっとたくさん訓練をしないとな。フーリならいずれは師匠だって超えられるくらいの魔法使いになれるんじゃないか?」
「もちろんです! …レティシアにだっていつかは勝ってみせます!」
「ははっ、それは楽しみだな」
俺が知る限り最強の魔法使いである師匠を超えてみせるという宣告に、俺は思わず漏れた笑いを隠しもせずに彼女の頭に手をやる。
…師匠を超える、か。
俺もまだまだ先の見えていない目標ではあるけど、フーリならいずれは本当に成し遂げられるだろうな。
何しろ才能という一点だけを考えれば俺はおろかあの師匠すらも凌駕するものを持っている彼女のことだ。
このまま順調に成長を続けていけば、それは単なる空想ではなく現実のものとして成し遂げられることだろう。
…まぁ、師匠の実力は才能の上に裏打ちされたとんでもない修練の果てに組み上げられているものだからそれだけというわけでもないが、そこに関しては彼女次第だな。
だが、俺だって置いていかれるわけにはいかない。
才能という面では遠く彼女には及ばず、努力を重ねてはいるが本物の天才である妹の前ではその歩みは亀の一歩に等しい。
持って生まれたもの、その成長速度。全てがフーリに劣ってしまっている俺ではあるが……それが何だと言うのだ。
天性の素質だとか、莫大な魔力だとかそんなことの前に、俺は彼女の兄なのだ。
兄は妹を守ってやるものであり、いざという時には頼れる存在でなければならない。
…俺が強くなるための努力を続ける理由なんてそんなものだ。
いつか追い越されるかもしれない。そんな意味もない不安を抱えている暇があったら少しでも強くなるための努力を続ける。
そうでもしなければ、彼女の兄として胸を張っていくことはできない。
「それじゃあ庭で魔法の特訓でもしに行こうか。今日は…師匠は多分これから来るだろうし、それまでは俺が見ることにするよ」
「嬉しいです! …あ、あの……にぃさま」
「ん、どうした?」
フーリの強くなるという願いを叶えてやるためには一分一秒とて惜しい。
ゆえに、この後は特に大した用事もないのでいつものように訓練をしようと歩き出そうとすれば……どこかもじもじとした様子の妹に呼び止められ、その足を止めることになる。
まだ何か言うことがあったのだろうか……そんなことを考えていると、その愛らしい掌をこちらに向けながら恥ずかしそうにした彼女の口から要望が飛んでくる。
「その……庭まで手をつないで行ってもいいですか…? もちろん駄目だったらいいのですが……」
「…あぁ、もちろんいいよ。ほら」
「ひゃっ! …あ、ありがとうございます!」
一体何かと思っていれば、どうやらフーリは俺と手を繋いで歩きたかっただけらしい。
そんないじらしくも可愛い希望を断る理由など皆無だし、俺としても妹がそれくらいのことで喜んでくれるのであれば大歓迎だ。
そうしたことを頭の中で巡らせながら彼女の片手を取ってやれば、フーリは花が咲いたかのような笑顔を浮かべて俺に感謝の意を伝えてくる。
…やはり、どこまでいっても甘えん坊なところは変わっていないな。
少しずつ成長していく妹の姿に嬉しく思うところもあるが、やはりこうして変わらないところを見せられるとそれはそれで彼女への愛しさが溢れてくる。
どちらにせよ、フーリの可愛らしさが収まるところを知らないことだけは確かなことだった。
貴族転生者、最愛の妹と異世界を謳歌する ~俺の妹が最高に可愛い~ 進道 拓真 @hopestep
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます