第六話 適性の行方


 師匠から魔法を教わることを無事に両親にも認めてもらい、今俺たちは屋敷の庭に来ていた。

 やはり貴族ということもあってか、かなりの広さを誇る庭は何かアクシデントが起こったとしても何ら問題もないくらいにはスペースが確保されているし、訓練にはもってこいの場所だろう。


 今までは一人で外を出歩くことは安全上の問題もあって禁止されていたのだが、師匠と一緒ならば万が一もないだろうということで解禁された。

 …まぁ、師匠も魔女なんて呼ばれてる魔法使いだしね。

 その実力だって詳しくは知らないけど生半可なものではないだろうし、あの人をどうにかできるような相手が現れたらそれこそどうしようもなくなるだろう。


 なんにせよ、いよいよ本格的な魔法の訓練ということもあって意気込んできた俺だったが、ここに来るまでに両親から『アクトちゃん、怪我だけはしないようにね!?』だったり、『度が過ぎるようだったらすぐに言ってくれ。きつく言っておくから』なんて言葉を頂いてしまったものだから、少し内心が恐怖に侵されてきている。

 …二人にあそこまで言わせるとか、師匠はどんな訓練を課すつもりなんだろうか。


 しかしそんな俺の心配をよそに、師匠は黙々と準備を進めており、ようやっとそれも終わったようでこちらに向き直してくる。


「…ふぅ。さて! それじゃあ早速始めようか!」

「は、はい!」

「いい返事だね。元気が良いのは嫌いじゃないよ。ならいきなりだけど魔法を使う……前に、アクトは魔法についてどれだけ知ってる?」

「あっ……えぇと、ほとんどしらないですね」


 師匠からいきなり話題を振られたことで少し焦りそうになってしまうが、冷静に解答しようとしたところで答えられるような知識が何もないことに思い至った。

 ここに来る前までに色々と情報をかき集めようと努力は続けてきたが、魔法に紐づけられるようなものはついぞ見つけられなかったので、知っていることはゼロである。


 なのでそのことを正直に伝えれば、師匠はさして気にした様子もなく言葉を続けてくる。


「そっかそっか。まぁ普通はそんなものだからね。気にしなくていいよ」

「そうですか……」

「うん。それで魔法のことだけど、とりあえず基礎の部分から教えていくね」

「おねがいします!」


 そうして師匠から話されていく魔法に関係する知識を、一言一句たりとも取りこぼさないようにと集中しながら耳を傾けていく。


 曰く、魔法というのは世界中に満ち溢れている魔力を取り込み、消費して行使する術理である。

 魔力は万人に宿ったものであり、そこに例外は存在しない。


 人は大気中に存在している魔力を無意識の内に取り込むことでそれを己が魔力へと変換し、常に魔力を体内に保有している。

 保有できる魔力量には個人差があり、それは先天的なものでもあるが努力次第で伸ばせるものでもある。


 そして、魔法には属性というものも存在している。

 これに関しては血筋などは関係なく、個々人によって発現する種類などもバラバラであり規則性などは未だに見つけられていない。


 属性は基本的に火、水、風、土が主なものとして扱われており、珍しいものだと光や闇、中には死霊属性などのものもあると言われているが、その使い手は滅多に現れるものではないようだ。

 そしてこれらは原則的に一人に対して一種類発現し、誰にでも扱える無属性魔法は例外として数えたとしてもそれ以上のことはほとんどないらしい。


 なぜほとんどなのかと言うと、これもまた例外のようだがごく稀に二重の適性を持って生まれてくる者がいるというのだ。

 それこそ、現れた時には大きく取り上げられるほどのことらしいので、相当にレアケースなのだろう。


 だがまぁ、そんなことは滅多に起こらないので頭の片隅に入れておけばいいと言われた。

 機会があれば複数の適性を持った人にも会ってみたいものだが、それも巡り合わせ次第だろうな。


「…とまぁ、大体はこんな感じかな。分からないところとかある?」

「いえ、だいじょうぶです」

「おっけー! なら座学はこれくらいにしておいて、次はアクトの適正属性を確認しようか」


 …おぉ、いよいよ俺の使える魔法が判明するのか。

 この世界に生まれて早二年。なんとなくの感覚で続けてきた魔力の訓練がついに成果を結ぶ日が来たのかと思うと、感慨深いものもある。


 すると師匠は自身のローブの内側から小さな水晶のようなガラス玉を取り出し、こちらに差し出してきた。


「これは魔水晶っていう鉱石を小さく加工したものなんだけど、込められた魔力の属性に応じた色を放つ性質があるんだ。これで適正を調べるんだけど、魔力を込められるかな?」

「や、やってみます!」


 師匠から手渡された魔水晶を両手で受け取り、言われた通りに自分の内側に存在している魔力を送り込むように操作をしていく。

 操作訓練を続けてきただけあって、特につっかえることもなくスムーズに魔力を込めていくことはできた。


(…そういえば、意外と魔力を消費するのはこれが初めてだな)


 魔力を送り込む過程でふと思ったが、現在進行形で体内の魔力が消費されていくような感覚に違和感を覚えた。

 思い返してみれば、今までやってきたのはあくまで体内の魔力を循環させることだけだったし、それを使ったことはなかった。


 なので今のように、体に満ちていた何かが減っていくような感覚は少し新鮮でもある。


「うんうん……よし! それくらいでいいよ!」

「あ、はい」


 そんなことを考えている間に十分な量が入れられたようで、ストップがかけられる。

 俺の方もすぐに送り込むのを止め、少し時間が経つと……魔力の込められた魔水晶が淡い水色に光っていた。


 まるで周囲にも伝播していくのではないかと思えるくらいに神秘的な光を放つ魔水晶は、徐々にその輝きを静めていく。

 想像以上に幻想的だった光景に思わず見入ってしまったが、これで適正は分かったのだろうか。


「ほう……なるほどね。アクトの適正は水属性みたいだ!」

「みずぞくせい、ですか?」

「うん! 魔水晶も水色に光ってたし、間違いないね」


 …水属性、か。ようやく発覚した己の魔法適性ではあるが、その事実にどこか少しがっくりとしてしまっていた自分がいた。

 いや、別に文句があるわけではないのだ。これで俺も魔法が扱うことができるし、それに付随する属性であればどんなものであれ嬉しいことは間違いない。


 …ただなぁ。勝手なイメージでしかないが、水属性というのはどこか弱いイメージがある。

 他の火属性や風属性なんかと比べれば派手さは低そうだし、それによって生み出される威力なんかも劣る印象を持っているのだ。

 もちろん、この属性にはそれでなければできないことだってあるだろうし、その利点だって多いはずだ。


 しかし、やはりこうして生まれ変わって魔法という未知の分野に触れる機会を持ってしまえば、心のどこかで凄い属性を望んでしまっていることもまた事実だった。

 そんな俺の反応を見て何かを察したのか、師匠もこちらに語り掛けてくる。


「あれ。なんか残念そうだけど、水属性は不満だったかな」

「うーん……そういうわけではないんですけど。…ただ、みずってほかのぞくせいとくらべてもよわいイメージがあったので…」

「あ、そういうことね」


 内心の不安を吐露するように、思わず口からこぼれてしまった本音を明かせば師匠はそれに納得したようにリアクションを返してきた。

 …否定しないところを見るに、やっぱり水属性は弱いものだったのだろうか。


「確かに、水属性はそこまで強くはないね。利便性は置いておくとしても殺傷力なんかは他の属性の方が高いし、それで事足りることも多いから」

「そう、ですか……」

「でもね、そこまで気にしなくてもいいと思うよ? アクトにはとびっきりの才能があるんだし」

「…え?」


 ずけずけと、しかし俺のことを思ってくれたからこそ純然たる事実を述べてくれたのだろう。

 決して強くはない適性を持っていたことに少し気落ちしてしまうが、そんな俺に師匠はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに言葉を続ける。


「アクトはさ、魔力の操作を凄いスムーズにできてるよね?」

「え、えぇ。これだけはずっとつづけてきたので」

「それなんだけど、そこに限ればアクトはもう私を追い越してる。それどころか、圧倒出来ちゃってるんだよ」

「……えぇ!?」


 次に伝えられてきたのは、衝撃的すぎる事実だった。

 この世界にやってきてから、ただ一つ続けてきた魔力の操作。

 その点で、師匠を超えている……?


「そもそも、魔力って普通は動かすために相当な時間が必要なんだよ。まず、体の内側にある未知の感覚を感じ取れってところでつまずく人は多いし、それで挫折する人だっているくらい」

「…で、でも。おれはすぐにできましたよ?」

「うん、だからね。これは私の勝手な予想だけど、アクトには魔力を操作することに関してずば抜けた才能がある。それこそ、他の誰よりもね!」

「………」


 その内容は、到底すぐに信じ切れるものではなかった。

 …だけど、そう言われれば納得できる点が多いことも確かだ。


 初めて魔力に触れたあの日。俺はそれとなく魔力を感じ取り、動かそうと思ったら即座に動かすことに成功した。

 しかし、それもよくよく考えればおかしいのだ。


 もともとこの世界の人間ではなかった俺が、魔力なんてよく分からないものを即座に感じ取れるわけがない。

 だが実際には、俺は魔力の操作を成功させて今となっては自在に操れるようになってきている。


 …この一連の流れが、俺に才能があったとしたら辻褄もあうのだ。

 そして師匠曰く、この才能は他の誰よりも強いものだと。


「だからさ、私はアクトの属性はそこまで気にならないんだ。アクトならそれ以外のところで一番を目指せるくらいのものがあるんだから、それを伸ばしていけばいいよ。…どう? これだけ言っても、まだ属性に不満はある?」

「…いえ、まったくありません!」


 師匠からの激励にも思える言葉を聞き、俺もようやく前を向けた。

 先ほどまで抱えていた不満や思考は、もう一片たりとも残っていない。


 自分に才能があると、信頼している師匠が太鼓判を押してくれたのだ。

 だったら、それを信じないでどうすると言うのか。


 適性なんてどうでもいい。俺は、それ以外のところで自分の強さを磨いていけばいいのだから。


「よし! それじゃあ早速魔法を使ってみようか!」

「はい!」


 屋敷の庭では、師匠と俺の明るい声が響き渡っている。

 まるでそれを喜び合うかのように、二人の間には爽やかな風が吹きわたっていった。

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