第七話 初めての魔法


「じゃあ早速やっていこうか! 魔法を使う手順は覚えてるよね?」

「はい、ばっちりです!」


 いよいよ俺の魔法を使うということもあって、気分は高まってきている。

 そんな俺に対して師匠も問いを投げかけてくるが、それに関しては先ほど聞かされたばかりなので忘れていない。


 魔法発動のプロセスはそこまで複雑なものではない。

 まず始めに、必要な分の魔力を体内から取り出し、それを体外へと持ってくる。

 そうして持ち出してきた魔力に己の属性を上塗りするようなイメージで付与し、ここで初めて属性魔法となる。


 ここで注意すべきなのは、属性を付与しなければそれはただの無属性の魔力でしかなく、殺傷力も皆無なので忘れないようにしなければならない。

 属性を付与すればあとは簡単だ。


 体外に持ってきた魔力を己の好きな形に作り変え、放出する。

 手順としてはこれだけのものであり、事前に予想していたよりは遥かにあっさりとしたものだったので拍子抜けしてしまったくらいだ。


 …しかし、これこそ言うは易し行うは難しだ。

 そもそも、手順が簡略化されているということはそれだけ使い手の技量が結果にもろに反映されるということであり、少しでもイメージが弱かったり魔力の制御が甘かったりすると失敗することも珍しくないようだ。


 俺に限っては制御は問題ないと思いたいが、なにぶん初めての魔法だ。

 不安になってしまうのは仕方ないだろう。


 そうしていると、俺の不安そうにしている雰囲気を感じ取ってきたのか、師匠がこちらに近づいて緊張をほぐすように頭を撫でてくる。


「まっ、どれだけ考えてても仕方ないし、とりあえず一回やってみよう。それで失敗したらまた改善すればいいからさ!」

「…わかりました」


 師匠の励ましによって、俺の緊張も少し解けた。

 まだまだ万全ではないかもしれないが、言われた通り失敗したらその時に反省すればいいのだ。

 悪いイメージばかり浮かべていれば、上手くいくものもいかなくなってしまう。


「…それじゃあ、いきますね」

「はいよー、頑張れ!」


 少し離れたところから見守ってくれている師匠を横目で見ながら、意識を集中させるために瞳を閉じる。

 視界を遮断し、目から読み取れる情報を消した俺はその余力を全て魔力に注ぎ込み、いつもよりも入念に操作を行う。


(…必要量を見極めて、その分だけ体の外に持っていく。そしたら水属性を付与。形は……最初は、簡単に球体でいいか)


 頭の中で一つ一つの工程を確認し、取りこぼしが無いように反芻する。

 そうして右の掌に集められた己の魔力を収束させていき……魔法を発露させる。


「……【水球ウォーターボール】」


 その言葉を解き放った瞬間、俺の掌で明確な変化が起きたことを感じ取った。

 その変化を確認しようとゆっくり閉じていた目を開けていけば……そこには、ふよふよと浮かび上がっている水の球が存在していた。


(…お、おぉ! これが魔法か!)


 初めて使った魔法。やったことはひどく単純なものだったが、そんなことも気にならないくらいに俺の心は達成感で満ちていた。


「おめでとう! 魔法を使ってみた感想はどんな感じ?」

「…たのしいです。おもってたより、ずっと」

「そっかそっか! そう思ってくれたなら教えた甲斐もあるね!」


 遠くで静かに見てくれていた師匠も、俺が無事に魔法を使えたことを確認すると近づいて称賛の言葉を送ってくれた。

 まるで自分のことのように喜んでくれる姿を見ると、不思議とこっちまでつられてしまいそうになるが……そこで、立ちくらむような感覚が俺を襲ってきた。


「…っ!」

「おっとっと。初めて魔法を使ったからね。最初は魔力が急激に減っていく感覚に体が慣れてないから、体が不調を起こしちゃうんだよ。少し休んだ方がよさそうだ」

「…す、すみません」


 どうやらこの症状は魔力の消耗によって発生したもののようで、休息を言い渡される。

 俺としてもその方がありがたいので、素直に従った。


「ふーむ……そこまで消費はしてなさそうだけど、まぁ回復するまでの辛抱かな」

「はぁ……そういえば、ししょうからみておれのまりょくってどれくらいあるんですか?」


 少し落ち着いた状況にもなったので、以前から気になっていた疑問を投げかけてみた。

 今までにも他人の魔力量は見る機会があったので、自分もそれなりの量があると思うが……具体的な指標がなかったので、判断も付けずらかった。


 ゆえに、ここは魔法に精通している師匠にも聞いてみようと思い尋ねてみた。


「ん? アクトの魔力量? そうだなぁ……多分、さっきの【水球ウォーターボール】を百発くらい撃ったらガス欠になるんじゃないかな」

「…それって、おおいんですか?」

「普通よりはあると思うよ。もともと貴族の子は平民よりも魔力量が多い傾向にあるし……その中なら、中の上ってくらいじゃない?」

「なるほど……」


 先ほど行使した【水球ウォーターボール】。

 あれも一応は威力や規模を抑えておこうと思い、込める魔力を控えめにしていたのだが……まぁ、自身の魔力量が膨大ではないということは分かった。


 魔力操作の才はあるが、さすがにそこまでの才能は与えられなかったようだ。


「魔力量の上限を増やしたいなら、とにかく魔法を使いまくることだね。そんで、一度魔力を空っぽにすること! そうしたら器の方が少しずつ鍛えられていくから、持てる魔力も増えていくよ」

「へぇ……それなら、ししょうはまりょくがどれだけあるんですか?」


 先ほどの質問とは違い、今度は単純な好奇心からのものだ。

 …実を言うと、他人の魔力を見ればある程度の保有魔力量は分かるのだが……なぜか師匠に限っては、それがはっきりと見えてこないのだ。


 表面上に漂っている魔力は見えてくるのだがその底が一向に確認することができず、こうなれば本人に直接聞くしかないと思って聞いてみた。


「私の魔力か……そうだね。さっきの【水球ウォーターボール】を例に挙げるなら……一万発撃っても、まず尽きないくらい、かな?」

「………」


 返ってきた言葉に絶句してしまう。

 確かに底が見えない時点で普通ではないと思っていたが、単純計算で自分の百倍以上の魔力があると言われればこの反応も止むを得ないだろう。


「私ってちょっとしてコツで魔力上限を隠してるからね。多分感じ取りづらいでしょ?」

「…あ、そうなんですね。だからししょうのまりょくはみえないのか……」

「うんうん……ん? ちょ、ちょっと待って。もしかしてアクトって、魔力が見えるの!?」

「え? み、みえますけど……どうかしたんですか?」


 今まで師匠の魔力が目視できなかった理由としては、本人がそれを意図的に隠蔽していたかららしい。

 そういうことかと納得する反面、どうやったらそんなことができるのか見当もつかないので、今度教えてもらおうと考えていたが……何やら、その師匠が慌てたように向き直してきた。


 …そんなにおかしいことを言ったか? 特に変なことでもないと思うんだけど。


「いや、おかしいよ! 普通魔力っていうのは見えないものだからね!?」

「…えっ、で、でも。ししょうはぼくのまりょくをかくにんしてましたよね?」

「あれは見たわけじゃなくて、魔力を感じ取っただけだよ……いやはや、逸材だとは思ってたけど、ここまでとは思ってなかったな…」


 混乱した様子の師匠だったが、俺の方もその事実に驚きを隠せない。

 生まれた時から見えていた、空中に漂っていた不思議な何かの正体。


 それは魔力だろうと当たりをつけて見てきたし、今までもそれに疑問を覚えたことなんて無かったが……まさか、それが見えること自体が異常なことだとは夢にも思っていなかった。

 もはや自分の中では当たり前のようになってきていたので、当然のように他人も見えるものだと思っていたのに………。


「…アクト。魔力が見えることはあまり言いふらさない方がいいかもしれない。私も今までに色々な人を見てきたけど、魔力が視認できるなんて聞いたこともないし……それがバレたら間違いなく、良い意味でも悪い意味でも注目される」

「……はい。わかりました」


 さっきまでののほほんとした雰囲気とは打って変わって、真剣そのものの表情になった師匠に、俺は素直に同意する。

 俺もこの事実を明かして悪目立ちすることなど御免だし、そのせいで面倒な事態に巻き込まれたくもない。


 それに、俺だけが被害に遭うのならまだいいが、その影響は家族にも向かってしまうかもしれない。

 それだけは避けたいと思ったからこそ、これは他の誰にも言わないと誓う。


 だが、そんな強張った表情を浮かべる俺を見て、師匠ははにかむ様な笑顔になった後俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。


「…その様子だと、ガリアンとセシルにも言ってないんでしょ? だったら、これは私達だけの秘密にしよう。私も誰にも言わないって誓うよ」

「…ありがとうございます、ししょう」


 …本当に、この人の弟子になれて良かった。

 魔法の実力だけではなく、心から俺のことを思って動いてくれるこの人と出会えたことは、俺にとっても大きな幸運だっただろう。


 そんなことを思いながら庭での時間は過ぎていき、今日この時、俺たちは二人だけの秘密を抱えることになったのだった。

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