第二十七話 討伐ノルマ


 師匠からある程度の事情も聞き終わったところで、いよいよ本格的に訓練も始まりそうな雰囲気を醸し出しているが、その前に一つ確認しておかなければならないことがある。


「ところで、これから俺がするのは魔獣との戦闘ってことですよね? 何か目標みたいなものでもあるんですか?」


 俺が聞いておきたかったのは、これから行われる訓練におけるノルマが設定されているかどうかだった。

 ただ漫然と魔獣を討伐するだけでは俺としても訓練に身が入らないだろうし、そういった意味でも目標というのは事前に決めておいた方がいい。


 なのでそういった考えから師匠にノルマがあるのかを尋ねれば、案の定というべきかその顔に笑みを浮かべながら答えを教えてくれた。


「もちろんあるよ! 手段は特に問わないけど、これからアクトには警報級の魔獣を一人で倒してもらうからね!」

「…いきなり警報級ですか。さすがに早くありません?」

「そんなことないって。アクトならいけるいける!」


 魔獣という存在はその強さや危険度に準じた区分というものが設定されており、それは下から一般級、警報級、災害級、天災級、伝承級、伝説級、神話級までのものがある。

 一般級はどこにでも見かけるような比較的弱いとされている魔獣が置かれているが、神話級までいくとそれこそおとぎ話に出てくるような怪物が比較対象として挙げられるほどらしい。

 まぁ、そこまでの怪物がこれまでに観測されたことはないそうだが、一応の設定基準として存在しているのだそうだ。


 なんにせよ、今回俺が師匠から討伐を命じられたのはその中でも警報級の魔獣であり、その強さは大体一つの群れのボスに匹敵するくらいだとか。

 そんなものを初めての訓練で狩ってこいと言われるとか、人によっては頭がおかしいと言われても文句は言えないだろう。


 しかし、そんな内容を言い渡してきた張本人でもある師匠はというと、何らおかしいことなどないという平然とした態度を貫いており、俺がそのノルマを成し遂げてくることを微塵も疑っていないようだった。


「あぁそれと、今回私は遠くから見守ってはいるけど手出しはしないからね。アクトが死にそうになってたらさすがに助けてあげるけど。油断はしないように!」

「しませんよ。けどまぁ、それなら少し安心ですね」


 どうやら実戦訓練ともなると師匠からのサポートは一切遮断されるようだが、それは大した問題でもない。

 そもそもこれは俺のための訓練でもあるのだから、そんな中で師匠の手助けを期待しているようではいつまで経っても成長なんてできないだろう。


 だが、最悪死ぬ直前にでもなれば間には入ってくれるようなので、そこだけは少し安心だ。

 俺も自分にできることの限界は見極めるつもりだが、それによって本当に死んでしまっては元も子もないので、安全策は常に頭の中に入れておいた方がいい。


 いずれにせよ、無駄に傷つくことの無いように注意はしておくべきだ。


「それじゃ、早速始めていこうと思うけど質問はある? ないなら始めちゃうけど」

「…それなら、戦闘手段に関してですけど、制限はないんですよね? とりあえず周りの環境に被害は出ないように注意はしますが」

「もちろん! 全力でやっちゃっていいよ! ただ魔力が枯渇したら多分何もできなくなると思うから、それは気を付けた方がいいね」

「……ふむ。了解です」


 質問したのは戦闘行為中に何か使ってはいけない手法がないかということであり、先ほども特に設けないと言われていたので大丈夫だとは思うが、念のためもう一度聞いておいた。

 これがあるのとないのとでは大分取れるスタイルも変わってくるので、確認は必須だ。


 しかし指摘された通り、考え無しに行動していてはすぐに魔力が尽きて無力になるだけなので、そこは場に応じた調整が要になってくるだろう。

 …特に俺なんかは日々の魔力の訓練で最大上限量も少しずつ増やせてきてはいるが、それでも無制限ではない。

 それこそ師匠やフーリなんかと比べればちっぽけも良いところなので、魔法の使いどころは考えなければならない。


「これ以上の質問はないですね。あとは大丈夫です」

「そっかそっか。なら始めちゃおう!」


 一応他の質問も忘れていないかと頭の中で振り返ってみたが、これといって抱えている疑問もそれ以外にはない。

 さすがに初となる実戦ともあって少しばかり緊張感は今も感じているが、あまり気を緩めすぎるのも良くないだろうし、これくらいがちょうどいいくらいだろう。


「あっ、それと最後に一つだけ教えておくけど、今私たちがいるのは森の入り口付近だからね。ここから中心部に進めば進むほど魔獣の強さが上がっていくから、それも一つの参考にしておくといいよ」

「覚えておきます。なら、そろそろいいですかね?」

「うん! じゃあ私は離れるから、頑張ってねー!」


 そう言うと、師匠は手を振りながら一瞬でこの場から姿を消していった。

 …何気なくサラッとやっていったけど、今普通に【転移テレポート】使っていったな。


 本来は貴重なはずの魔法をこうも当たり前のようにポンポンと使われると、俺の中の価値観のようなものが崩れていきそうだが、あの師匠のことだし仕方ないか。

 多分本人も『便利だし使っちゃおう!』くらいにしか思ってないだろうし、気にしたら負けなのだ。


「……さて、これからどうするか」


 そんなことよりも、今はこれからの行動に思考を割く方が重要だ。

 俺が今からやらなければならないのは、警報級の魔獣の討伐。

 その強さは大体C級冒険者が四人でパーティを組んで互角といったほどのものであり、策もなしに突っ込めば俺でも間違いなく返り討ちにあう。


 …作戦もないわけではないし、今までの訓練の中で編み出してきた魔法もあるので問題はないと思いたいが、それでも不測の事態が起きてもおかしくはないのだ。

 万全を期していくことに越したことはない。


「とりあえず、周りに魔獣がいたらまずいし探っておくか。…【探知】」


 ひとまずこのタイミングで急襲をかけられてしまえばひとたまりもないので、俺は無属性魔法の【探知】を発動させる。

 この魔法はその名の通り、周辺にいる存在の位置を知らせてくれるものであり、例えるならばレーダーのような働きをしてくれる。


 細かい原理を言ってしまえば、俺自身の魔力を薄く広げたものを辺り一帯に張り巡らせ、そこに引っ掛かった別の魔力を感じ取るというものなのだが……現在の俺の魔力だと有効範囲はせいぜい数百メートル程度が限界だ。

 しかし、この木々に覆われている森林の中でもそれだけでも十分すぎるくらいの効果量であり、点々と感じられる魔力の塊がいることを教えてくれた。


「この辺りにはいなさそうだな……強い魔獣がいるのは中心部だって言ってたし、そっちを目指して進んでみるか」


 感知した限りだと、俺の近辺には妙な魔力は見当たらなかったので、いるとすればもう少し離れた地点にいる複数の魔力がそれなのだろう。


 師匠からは奥へと進んでいくごとに魔獣の強さが跳ね上がっていくと伝えられているし、警報級と戦うことを目標にするのならば闇雲に探索するよりも、多少のリスクを背負ってでもそこを目標に歩いた方がいいはずだ。

 …今感じ取れた複数の魔力もちょうどその方向に重なるように付近をうろついているようだし、偵察がてら少し様子を見に行ってみるとするか。


「…ふぅ。行くか」


 俺は内心の緊張を吐き出すかのように一息つくと、意識を切り替えて目の前の獣道を進んでいく。

 木々に覆われた森の闇は、新たな侵入者を歓迎するかのようにざわめいていたのだった。

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