第二十八話 生殺与奪の決断
俺が森を進み始めてから数分が経過した頃。
移動する際にも余計な音を立てないようにと気を配りながら、時折【探知】を使用してここまで進んできたが今のところは特に想定外の事態も起きていない。
…だが、ここにきてその流れにもようやく変化がやってきた。
(……いた。あれが魔獣か)
草木をかき分けて進んできた先、そこにいたのは全身を銀色の体毛で包んだ狼のような姿をした魔獣たち。
確か名称はウォアウルフとかいう名前だったはずだが、学んだ知識に寄ればそこまで危険度も高くはなかったと記憶している。
しかし、複数体で行動していることは【探知】によって判明していたことだったが、やはりこうして実際に目の当たりにしてみると違った感覚があるな。
一見すれば単に普通の獣のようにしかみえないが……やつらの体から感じ取れる魔力の大きさは、通常の生物ではありえないくらいの禍々しさを放っていることから、魔獣であるという事実がはっきりと伝わってくる。
(…やるか。ここまで来ておいて、ビビってばかりではいられない)
初めて目にする魔獣という存在に、少し恐怖を感じているのも確かだ。
それに、今回の目的はあくまで警報級の魔獣を倒すことであり、あいつらは間違いなく一般級程度の強さしかない。
つまり、ここであの狼たちとやり合う理由など皆無なのだが……それでも、俺は戦う選択をした。
当然、いくつかの考えがあってのことではあるが、主な理由は二つ。
一つ目は、実戦の中でも通常のコンディションで立ち回れるかの確認。
俺がいつも行っている師匠との模擬戦とは違い、今回の戦いは相手もこちらを本気で殺すつもりで襲い掛かってくることだろう。
そんな時に、俺が場の空気に飲まれずに戦えるかを確かめておきたかった。
そしてもう一つの目的だが……正直、こちらの方がメインに近いかもしれない。
それは、俺自身が生き物の命を奪うことに躊躇しないように一度慣れさせておくというものだ。
当たり前のことではあるが、俺は前世を含めてもまともに他の生物を殺害した経験なんてない。
厳密に言えば、日々の食事だったり気づかぬ間に命を奪っていたりしたことはあったのかもしれないが、それでも自分の意思で殺めたことはなかった。
そうした状況の中で、戦闘中のいざという瞬間に敵を殺すことに躊躇わないためにも、一度ここで経験を得ておきたかったのだ。
…もちろん、あまり慣れすぎるのも良くないことだというのは分かっているが、この世界では前世に比べて命の価値というものが非常に軽い。
当たり前のように人の死が身近にある今の人生で、俺が守りたいものを守るためにも、これは避けて通れないことでもある。
ゆえに、この戦いから目を背けない選択肢を俺は取る。
(他に魔獣の気配は……しないな。それじゃ…やろう)
【探知】に目の前の敵以外の気配が引っ掛からなかったことを頭の片隅で把握しながら、俺は懐から一本の短剣を取り出す。
これはいつも訓練で使うものとは異なり、しっかりと刃が備え付けられているものなので、これまで使う出番もなかったが、ここにきてその役目を全うする機会も回ってきた。
そしてその思考のまま、短剣に俺自身の魔力を流し込むようにしていく。
これは師匠との魔法の研究中に偶然発見したアイデアであり、理屈としては【身体強化】の原理を応用したものに近い。
やることとしては武器に魔力を流し込み、浸透させる。
たったそれだけのことだが、これを行うことで得物の耐久性や威力を飛躍的に向上させることができるのだ。
ただ、【身体強化】と異なるのは武器自体にも注げる魔力に許容上限のようなものがあるようで、それを超えた量を流すと破損してしまうというデメリットがあった。
その見極めも非常に困難を極めたものであり、これを使いこなすために何本もの短剣を破壊してしまったという経緯があったのだが……その甲斐もあって、今となってはそれなりに安定して扱えるようになってきている。
他の魔法とは違い、魔力を流すだけで効果を発揮するので魔法と呼べるのかどうかも不明瞭な技術だが、俺たちはこの仕組みを便宜上【
そして、今俺が手に持っているのは数ある武器の中でも魔力の伝導率に優れたミスリルを素材として製作されたものであり、他の武器と比較しても【魔装】の恩恵は大きなものとなっているだろう。
相手の戦力を考えれば使わずとも勝てるかもしれないが、油断して負けるよりはいい。
何しろ俺にとっては生まれて初めての戦いなのだ。多少過剰になってもいいだろう。
(まだ向こうは俺に気づいてない。…仕掛けるなら今か)
俺がウォアウルフの群れと遭遇してから少しずつ距離を詰めてはいるが、まだあいつらに気づかれた様子はない。
距離にしても、ここまで縮められたならあとは問題ない……はず。
奇襲をかけられるタイミングとしては、ここが最適だろう。
そう考えると同時に、俺は自分の踏みしめている地面にさらに力を込めて飛び出す準備を整える。
既に併用していた【身体強化】によって底上げされた脚力によって、地面が沈み込むように崩れていくが……もうそれも関係ない。
爆発的な加速をもって魔獣の群れへと突っ込んでいった俺に対して、ようやくその彼我の距離が目と鼻の先まで迫ったところでやつらもこちらの存在に気が付いたようだが、それは遅すぎる。
【身体強化】と同時に発動させていた【思考加速】の効果によって、体感時間も同様に向上させている俺からすれば、その動きは止まっているも同然だ。
「…ふっ!」
至近距離まで近づくと同時に、最も前方にいたウォアウルフめがけて手に握っていた短剣を下から突き立てるようにして振るう。
狙い通り、まともに回避行動すら取れていないやつらは吸い込まれるかのように向かってくる短剣になすすべもなく、首元に鋭利な刃を突き入れられる。
「ギャオオオンッ!?」
「ちっ…! はぁっ!」
手元に伝わってくる肉を断つ生々しい感触が、否応なく俺に命を奪っている実感を感じさせてくる。
だが、そんな嫌悪感に気を取られていてはこちらがやられるだけだ。なので俺もその嫌な感触を無理やり意識外に追いやり、横に切り裂くようにして敵の皮膚を傷つけていく。
それに伴ってやつの体から血が噴き出してくるが、そちらは水属性魔法を応用して俺に返り血が向かって来ないように調整する。
そのまま一気に短剣を振り切り、その一撃で力尽きさせることができたのか、今攻撃を加えた個体はしばらくその体を震わせた後、力なくしたかのように倒れ込んでいった。
だが、この場にいるのは一体だけの魔獣ではない。
残りは三体となったウォアウルフは突如として現れた襲撃者たる俺に対して、殺意や警戒心を織り交ぜた敵意を全開にして向けてきており、そんなものを向けられた俺は萎縮する……そう思われたが、想像していたよりも感じられる恐怖心は薄かった。
…おそらく、現在も俺にビシビシと突き刺さってくる敵意が、ここで少しでも隙を晒せばすぐにでも噛み千切られるということを本能で悟らせているからだろう。
俺からしても無用な恐怖に支配されて体が動かなくなるよりかはよほどいいので、このまま突き通らせてもらおう。
「悪いけど、ここで倒させてもらうぞ。大人しく俺の糧になってくれ」
「グオオアアアッ!!」
俺の殲滅宣言に対抗するかのように、ウォアウルフは激昂したようにその鳴き声を張り上げる。
偶然の邂逅から始まった命の奪い合い。
そこに身を投じた俺たちの戦いは、両者の駆け出しによって激化していくのだった。
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