第二十一話 波乱の予感
「にぃさま。これから向かう教会とはどのような場所なのですか?」
「うん? あぁ、そのことか」
屋敷を出発してから数分が経過し、もうじきで目的地である教会に着くといったところで隣に座っているフーリから疑問が飛んできた。
どうやら彼女は教会に関してあまり知識を持っていなかったようで、最低限の組織としての概要くらいは把握しているが、それ以上のことは知らされていなかったのだろう。
…視察に向かう場所の情報くらい事前に教えられるものだと思うんだが、フーリの教育係がサボりでもしたのか?
あとで苦情を入れておいた方がいいかもな。
まぁそれはともかく、今は教会に関することだ。
「教会っていうのは、主に三つの役割を持った場所のことだ。一つ目は、女神に祈りを捧げるためのものだな」
この世界では神の存在が広く信じられているので、教会はその存在を知らしめるために活動を続けていると言ってもいい。
実際に魔法という不可思議な力が存在しているくらいなのだから、何か神聖的な存在が自分たちを見守ってくれていると民衆が思うのも理解はできるしな。
「二つ目は、教会所属者が民衆の悩みを聞いたり解決するための相談場所としてのものだ。…こっちは、一つ目ほど広くは使われてないみたいだけど」
「…ふむ。そうなると、やはり教会というのは女神様を信奉するのが大きな役目だということでしょうか」
フーリはそう言って、考え込むような仕草を見せる。
確かに彼女の言う通り、その予想は間違ったものではないが、正解でもない。
むしろ、民衆が期待している働きとしてはこちらの方が主要なくらいだろう。
「それもある。だけど、それだけではないな」
「…と、言いますと?」
「三つ目の役割だけどな。教会は怪我を負った者を治療する診療所も兼ねている場所なんだよ」
「診療所…ですか?」
「ああ」
おそらく、これこそが教会の権威を広げている最大の要因になるだろう。
教会は光属性の適性持ちを集めているだけあって、その力は主に怪我の治療に扱われる。
そうして光属性の魔法使いをほとんど独占状態とすることで、自分たち以外に似たような活動を行う者が現れないように対策をしているとも考えられる。
実際、その効果は絶大の一言であり、全てとは言わないがほとんどの光属性を扱える魔法使いは教会に所属するという流れが生まれている。
それを悪いと言うつもりがないが、中には教会の権力を振りかざして強制的に所属するように迫ってくる者もいるようなので、そういったことに関しては賛同することはできないな。
そして、そんな話を聞かされたフーリはというと、納得したように頷きながら俺の顔を見上げてくる。
「そうなると、私の光属性の適性もそこで役立てられるということですね! 怪我をした人がいるなら治してあげませんと!」
「……そうだな。フーリならできるよ」
…正直、教会の面々の前でフーリの光属性魔法を行使するのは彼らにフーリの有用性を示してしまうことに直結してしまう。
ゆえに、向こうから接触してくると予想される懐柔を回避するためには彼女に何もさせないことが最善であるのだが………それと同時に、こうも思うのだ。
俺は確かにフーリのことを悪意から守ると誓ったが、それは彼女を幸せにするという前提の下での話だ。
…その決意を考えれば、今現在も怪我人を癒してあげたいと意気込んでいるフーリの心意気を真っ向から否定して、その上で彼女自身のためだからとその意思を捻じ曲げてしまうのは、フーリにとっての幸せにはつながらないのではないか。
真に彼女のことを思うのならば、まずフーリ自身のやりたいことを尊重したうえで俺も行動指針を決めるべきではないか。
この後に何が待ち構えているのかは分からないが、もし面倒ごとが起きたのならばその時に対処してやればいい。
予防策を張り巡らせるのは大事なことだが、その手段に固執して本来の目的を見失っては本末転倒でしかないのだから。
そう思ってフーリに応援の意も込めながらその銀髪を撫でてやれば、彼女は気持ちよさそうに瞳を揺らしながら体重を預けてくる。
…そうだ。この子の身に何か危険が迫ってくるのだとすれば、その時は兄である自分が死ぬ気で何とかしてやればいいだけだ。
幸い、そのための訓練は積み重ねてきているのだから。
「…フーリは優しいな。そんな風に考えられるなんて」
「そうですか? 困っている人がいたら、助けるのは当然のことだと思いますが…」
「それをできる人が世の中少ないってことさ。なんにせよ、その気持ちは忘れないでくれたらいいよ」
「もちろんです! なんせにぃさまの妹ですから!」
どこまでも他人のために、自分の心をかみ砕ける優しい妹。
幼い頃から道徳の大切さを教えてはきたが、こういった場面でも当然のように他者のために思考を割けるところを見ていると、妹の可愛らしさと心根の優しさを実感できるようで喜ばしく思える。
そんなフーリの姿を見ていると、こちらも無意識の内に口角が上がってくる。
しばらくはそんな兄妹のやり取りを楽しんでいたが、それもじきに終わりが近づいていたようでそれまで揺られていた馬車の車体が動きを止める。
その変化に気がつき、窓から外の風景を眺めてみればどうやらちょうど教会にたどり着いたようだった。
そのまま少し馬車の中で待機していると、準備も整ったようで周りで待機していた騎士たちから声を掛けられた。
「…さて、それじゃあ行こうか。フーリも慌てて転ばないようにな」
「そんなことはしません! もう、にぃさまったら!」
俺としては、気分が高まっている彼女のことなのでフーリが足場を踏み外さないようにと注意したつもりだったのだが、彼女は俺に子ども扱いされたと思ったらしい。
ムスッとしながら言い返してくる様子は見ていてとても可愛らしかったが、やはり不安なことには変わりないので俺も手を差し伸べて降りるのをサポートしてやる。
「わかったよ。ほら、降りるぞ」
「……はい」
そんな差し出された俺の手に対して、渋々ではあったが片手を乗せてくるフーリ。
なんだかんだと言っておきながら、こういう状況ではしっかりと手を握ってくれるんだから可愛いもんだ。
そのまま俺たち二人は馬車を降りていき、目の前に荘厳さを漂わせながら佇んでいる教会を目にしながら地面を踏みしめていった。
「アクト様、フローリア様! お疲れ様でした! 早々に申し訳ありませんが、こちらへお願いします!」
「あぁ、君たちもご苦労だったね。ありがとう」
周りに待機していた護衛の騎士たちの中から、おそらく代表者だと思われる者から話しかけられたのでこちらも労いの言葉を掛けながら返事をする。
…いよいよ到着したが、本番はここからだからな。
向こうがどう出てくるか分からない以上、どれだけ警戒していたとしても無駄にはならないだろう。
今一度この場を目前にして意識を入れ替え直し、それまでの穏やかな雰囲気を取り払っておいた。
(鬼が出るか蛇が出るか……行ってみないと分からないとはいえ、良い予感はしないな…)
今回の主役はあくまで視察を担当することになっているフーリなので、俺が出しゃばりすぎるわけにはいかない。
そんな中でどれだけの働きができるのか……今回は、それが重要なキーになってくるだろうな。
そうしたことを考えながら、騎士たちに案内されるまま俺たちは教会へと少しずつ歩いていき、とうとうその巨大な扉は開かれていく。
一歩、その建物の中へと入っていくところで俺たち二人を出迎えたのは、おそらく教会所属者と見られる法衣を纏った男だった。
「…ようこそいらっしゃいました。フローリア・フィービル様。アクト・フィービル様。
「ご丁寧な挨拶、感謝致します。こちらこそ、本日はよろしくお願いします」
ゴアグルと名乗った男が来訪を歓迎する挨拶を送ってくれば、それに対してフーリは片足の膝を軽く曲げながら会釈をするカーテシーで返答をする。
その所作は非常に洗練されたものであり、普段からフーリと接している俺ですら思わず見惚れてしまうくらいには見事な礼儀作法だったと言えよう。
思わぬところで妹の成長を見れたことに少し感動してしまったが、それもすぐに打ち切って向こうの態度を見てみれば、非常に穏やかな表情を浮かべながら向き直していた。
…一見すれば、単に人のできた聖職者の姿そのものにしか見えないだろう。
だが、俺はその様子を見て内心の警戒度を一段階引き上げざるを得なかった。
俺とフーリと目を合わせた瞬間、妹には支配欲を滲ませた感情を、俺に対しては侮蔑を含ませた感情をその瞳の奥に宿していたのを見逃してはいなかったからだ。
(…はぁ。どうやら、平和的に終わりそうにもないな)
開幕から波乱を感じ取らざるを得ないが、こればかりはどうしようもない。
少しずつ響いてきそうな頭痛を感じ取りながら、俺は内心とは裏腹に笑顔を浮かべながらその場を乗り切ることを決めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます