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「いやあ、無事に返せてよかったな」宿屋の部屋に戻り、カイは感心の言葉を口にする。「正直、持ち主なんて分かるはずないって思ってたぜ」

「それは僕もだよ。見つかればいいとは思ってたけど」

「おまえに言われなきゃ、持ち主を探すなんて発想すらなかったからな。俺だけだったら、川に流すかどこかに売ってただろうな」

 けらけら笑うカイをじとりとサクは睨んだが、反論の言葉は発しなかった。

「とにかく、見つかってよかった」

「ああ。あの石が孫に渡って、きっと持ち主も浮かばれるだろうよ」

 他愛のないやり取りを交わし、二人は眠りについた。

 行く当てもなく村に二日留まり、宿屋の主人から廃墟群の話を聞いた。村を南に行った先に、人の住まない廃墟があるという。異形が蔓延っているおかげで誰も寄り付かず、だからこそ目ぼしいものが残っているかもしれない。そんな話に、二人は次の目的地を決めた。単純に、面白い物があればいいと考えた。

 ひっそりと暮らす村人たちの村を去るのは、いつもほんのり名残惜しい。彼らは自然に成り行きを任せ、いつしか異形化した時には自ら死を選ぶ覚悟をしている。だが生活が逼迫していない限り、彼らに悲観の空気はなく、心穏やかに毎日を生きている。村に長居をして自分がその穏やかさに馴染み、ぬるま湯に甘えてしまう可能性をカイは恐れていた。あらゆる景色を見に行きたいと自分が望んでいる内に、次の旅に出るのだ。この願望が心にある限り、足を止めるつもりはない。

 村を出て、小高い山に入った。岩石の多い荒れた土地に、草木が懸命に張り付いている。右手に流れる細い小川の川上に向け、ゆっくりと上る。左手には次第に木々が密度を増し、一頭の鹿が不思議そうにじっとこちらを見つめていたが、やがて木立の中に消えていった。

 川の見える場所で、二人は野営の準備を始めた。木々の合間にロープを張り、シートをかけて頭上を覆う。強さを増す日差しから逃れてしばらくその下で休憩し、ロープや枝、石を用い、干し肉の破片を餌にして周囲に罠を仕掛けた。川では魚たちが陽光に銀色の鱗を輝かせていたので、一部をせき止めるように半円状に石を積み、上流から追い込む。逃げ場を失った魚が溜まった頃、それを手づかみで捕まえた。手の中で大暴れする魚を八匹川原へ放り、あとは逃がしてやる。白い腹を翻し、魚は一目散に下流へと逃げていった。

 鮎という魚の半分は塩焼きにし、半分は捌いて干物にしようと決めた。カイが下ごしらえをし、その間にサクが罠の見回りに行く。

 魚に塩をすり込んでいたカイの元に、サクが急ぎ足で戻って来た。

「カイ、ちょっと来て」

 困惑の表情を見せるサクの様子にカイも不審を覚え、脇に置いていた銃を手に取った。

「なんだ。異形でもかかってたのか」

 違うと首を振り、サクは林の奥へと進む。すぐに足を止めた彼は人差し指を口の前に立て、音を出さないよう促した。しばらく立ち止まり耳を澄ませ、カイもその声を聞き取った。

 それほど遠くないところから、おーい、おーいと確かに人の声がする。大人の男の声が、森の中から聞こえてくる。これを無視して今夜眠ることは不可能だ。顔を向けると、サクも黙って頷いた。

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