8

 もともと、超耐性として妬まれる場面は多く居心地は良くなかったが、それは著しく悪化した。どこから漏れたのか、サクに爆発犯の疑いがかかっているという噂はあっという間に周囲一帯へ流布した。後にシズから聞かされことには、やはり通信履歴は管理部にも残っていなかったらしい。サクが部屋を出た場面を目撃したのはムジ一人だったが、シズに問われた際にサク自身もそれを肯定してしまっていた。

 動機がないとサクは訴えたが、空白の二年間がその動機に当たる可能性を指摘されれば、何も言えなかった。サク一人で爆弾を所持することが困難だとしても、外部の協力者がいれば話は変わる。ワクチン開発を妨害するためにシェルターに戻ってきたのだと、誰もが思っているのが肌で感じられた。

 確固とした証拠がないのが、崖っぷちに残された僅かな救いだった。

 一体誰が自分を陥れようとしているのか。その誰かが証拠をでっちあげれば、カイの仇討ちどころではなくなってしまう。そうなればシェルターに戻ってきた意味がない。

 カイを殺した者が、サクが仇討ちに戻ってきたことを知り、自分から遠ざけるため罪を着せようとしたのだろうか。だとすれば、爆発犯はREGの者と推測できる。だが、高耐性に反発を覚えているだけの彼らが、ワクチン開発の妨害をする理由がない。

 カイを殺したのはそもそもREGの人間ではなかったのか、又はもっと違う立場の人間が超耐性の自分を邪魔に思っているのか。いずれにせよ本当の犯人を見つけるしか、自身の潔白を証明する方法はない。

 妬みの視線には慣れていたが、しまったはずの装備を汚されたり、小事の言いがかりをつけられたり、周囲の少年たちの明らかな悪意にはうんざりした。もし自分が犯人だと確定し、何らかの罰を受けることになれば、カイの仇は討てなくなる。極刑は追放だが、そうなれば永久にシェルター内に入ることはできない。爆発犯とカイを殺した相手を一日でも早く見つける必要があり、焦りでいっそう思考がまとまらなかった。

 シャワー室から着替えて廊下を歩く身を、行き交う同輩たちの好奇の視線が刺す。彼らはサクが黙っている二年間の空白が元から気になっていた。加えて、サクがスムーズに偵察部隊に戻れたのはまさに超耐性という性質のおかげで、そうした管理部の明確な贔屓も彼らには不愉快だった。

 だが、正面切って向かってくる相手はいない。そう思っていたサクは、後ろから自分の名が聞こえたことに些か驚いて振り向いた。研究所で一度会話をしたニナが立っていることに、更に困惑した。

「ニナ……?」

「サクさん、あの、お久しぶりです」

 周囲を気にしつつ軽く頭を下げた彼女に促され、サクは廊下の先へと歩き出す。隣りを歩くニナは、白衣を纏ったままだった。

 事件後に彼女のことは多少頭によぎったが、怪我人の中に名前がないことから、その無事は確信していた。そしてすぐに思考から消え去っていた。

「なんで、わざわざ来たんだ」

「話したいことがあるんです。サクさん……えっと、サクに、直接」以前の頼みを少しでも聞き入れようと、彼女は苦労している様子だ。

 角を曲がり、人通りのない廊下の端で足を止めると、彼女は時間がないと言う風にまくし立てた。

「聞きました、サクが爆発事件の犯人として管理部から疑われていることを。その時間にアリバイがなかったのはあなただけで、本人がそれを認めてるって。……これは周囲の勝手な推測ですが、そういった、例えばあなたがワクチン反対派の協力者で、だから完成間近のワクチンを壊したんだって」

 うんざりだった。ニナの真剣な眼差しに嫌気がさし、何も言わず去ってしまいたいとも思った。彼女の瞳に僅かでも揶揄いや嘲りの影が見えれば、即刻背を向けるつもりでいた。

「話したいことって、それだけ」

 辛うじて足を止めているのは、彼女の必死な表情にも瞳にも、嫌な影が見えないからだった。

「嘘を吐かず、真実を答えてください」

 緊張のあまり微かに声を震わせ、それでも彼女は言い切った。

「サクは、犯人なんですか」

 自分の言い分なんて誰も聞く耳を持たない。これまでがそうだったから、期待などこれっぽちも抱いていない。彼女と会話をするのもこれで最後だ。そう思ったから、返事ができた。

「僕は、やってない」

 素っ気ない彼の返事を頭の中で反芻している様子の彼女は、やがて強張っていた肩の力を抜いた。ふっと表情が和らぎ、僅かに笑みさえ浮かべる。

「わかりました」

 安堵の顔をする彼女に、今度はサクが疑問を口にした。

「わかったって、何が」

「あなたは無実で、あの噂は本当のことではないってことが」

「でもさっきも言ったように、僕には証明できるアリバイがないんだよ」

 予想外の言葉に、思わずそんな台詞を吐いてしまう。だがニナは何度も頷き、細い指を軽く自分の顎に当てる。

「アリバイがないことと犯人であることは、イコールではありません。あなたではない、真犯人がいるってことですよね」

 まさか、からかっているのだろうか。だが思案にふけろうとする彼女は真剣そのもので、とてもサクの反応を見て楽しんでいる風ではない。

「よければ、一体何があったのか教えてください」

 シェルターに戻って初めて見る真摯な瞳で、彼女はサクを促した。

 あの夜、管理部と名乗る誰かから呼び出しがあったこと、その時爆発事件が起きたこと、通信履歴が消えていたことをサクは手短に説明した。ニナは思案していたが、やがて小さくため息を吐いた。

「明らかに、誰かがあなたを陥れようとしていますね。心当たりはないんでしょうか」

「ないとは言い切れない。けれど僕は、一人でここに戻ってきた。他の誰かの指示じゃない」

 流石にカイのことは話せなかった。雑な説明だったが、ニナは眉根を寄せて考えている。

「戻ってきたあなたを邪魔に思った誰かが、罪を被せようとした。疑問は多くあります。なぜ研究施設の破壊という方法を取ったのか、なぜあなたに通信を行い履歴を削除できたのか、そしてなぜターゲットがあなたたのか」

 すぐに答えを導き出せず、彼女は首を軽く振る。肩までの髪がゆらゆらと揺れた。

「私はあなたが疑われているのに、アリバイがないと聞いて不審に思っていました。もし本当に爆破計画を企んでいたのなら、自分のアリバイは固めるはずです。夜中に一人で出歩いて、しかも同室の人に外出を認識されているなんて、犯人になりたいと言っているようなものです」

 確かに彼女の言う通りだ。サクは一つ頷く。

「だから、サクに直接確認を取りたかった。あなたの口から、真偽を教えて欲しかった。……私には、あなたが犯人だとは思えなかったんです」

 サクはその理由を問おうとしたが、彼女は腕時計を確認した。偵察部隊員の就寝時刻である二十二時が迫っている。

「きっと本当のことがわかります。私もそれを探します。だからサクも、諦めないでください」

 彼女に言われて、自分が随分諦めの気持ちに傾いていたことに気が付いた。足掻くほどに墓穴を掘るような気がして、身動きが取れなくなっていた。わかったと返事をし、ニナと別れて部屋に向かった。

 珍しく就寝時刻ぎりぎりに戻って来たサクに、ムジは明らかに不機嫌な顔を見せた。寝床に入りかけていた彼は、わざわざこちらに歩いてくる。

「おまえさ、なに調子に乗ってんだよ」

「調子って」ドアを閉め、サクは怪訝な表情をした。

「俺も知ってるぜ、あの研究所の子。なに、おまえのくせに誑かそうとしてんのか」

「何が」

 いやにピリピリしているムジの言葉の意味が分からず問い返すが、彼は一つ舌打ちし、サクの肩をこぶしで小突いた。何か勘違いをされていることに気付いたが、先ほどのやり取りを彼に説明する気にはなれない。どうせまともに耳を貸さないだろう。

 就寝時刻を知らせる放送が険悪な空気を破り、二人はそれぞれの寝床に入った。

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