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 開発区の研究所が何者かに爆破された。それも、ワクチンの開発を行っている研究施設が狙われた。当初は暴徒か異形化した住民の襲撃が予想され、集められた偵察部隊員は各々銃を手に開発区に向かった。

 激しい炎に包まれるフロアに、暴徒や異形の姿はなかった。ひとまず専門の隊員と協力して消火活動を行い、ようやく鎮火した研究所で調査が始まった頃には、朝を迎えていた。一般居住区の住民は立ち入りを禁じられているが、混乱の空気はシェルターの隅々までを覆っていた。

 結局、死人や行方不明者は確認されなかった。落下物で頭を打った者や火傷を負った者は数名いたが、いずれも命に関わるものではなかった。当然、実験の最中に発生した火災が疑われたが、その時間にフロアに職員は数えるほどしかおらず、また所内全域が燃え広がる爆発を起こす実験も行っていなかったと研究所側は強く主張した。危険物は厳重に管理され、僅かでもセンサーが火の気を感知すればたちまち消火装置が作動する。上階まで揺るがす爆発が起きるはずがないと。

 誰もが、事故を信じているわけではなかった。むしろ人為的なものである可能性を遥かに強く信じていた。そうであれば、説明がつくからだ。

 リーパーに効果的なワクチンは、既に開発の最終段階に突入していた。この事故は完成間近のワクチンも資料も全て焼き払い、大勢の希望を粉々に破壊したのだ。それを知ったシェルター内の大勢が憤り、嘆いて悲しんだ。ワクチンの完成は、鬱屈とした地下生活の終焉を告げるための、一縷の望みだったのだ。それが奪われた悔しさに、今度は人々の怒りが爆発しそうだった。

 開発区の職員は、仕事を終えれば下層の一般居住区に帰宅する。その日も、実験を続けていた数名しか所内には残っていなかった。下層で生活する一般居住区の住民はそもそも区に立ち入る権利を持っていない。フロアを自由に行き来できるのは、開発区とその上の特殊活動区の人間だけなのだ。

 サクはワクチン反対派の人間の仕業だと予想していた。彼らはシェルター外に拠点を持っていると聞いたが、何らかの方法で内部の人間とコンタクトを取っていると考えられる。ワクチンを嫌う彼らが、この事件を引き起こしたに違いない。

 だから自分が疑われていると知った時には、心底驚いた。所員に混じり交代で片付けを行っている最中、自分を呼び出したシズにそう聞かされたのだ。

 小部屋で彼と向かい合ったサクは、少しの間ぽかんとしてしまった。

「ちょっと待ってください。なんで僕が、研究所を爆破しただなんて疑われているんですか」

 倉庫として使われている部屋は雑然としていて、シズは近くのパイプ椅子を引いて腰を下ろした。

「爆発が起こった時刻、貴様はどこで何をしていた」

「呼び出されて、地下の三階にいました」

「呼び出し? 誰からだ」

 シズに見せるべく、サクは上着のポケットから通信機を取り出した。機器を操作し、あの晩確かに届いたメッセージを探す。

 だが、どれだけ履歴を遡っても、爆発の夜に自分を部屋から呼び出した文言は見当たらなかった。そんな馬鹿なと目を皿のようにして探すが、目当ての時間は空白だ。

「消えてる……」思わず呟いてから、慌てて付け足す。「でも、あの晩、管理部から呼び出しがあったんです」

「用件は」

「用件は、書かれてなくて……Fルームに来るようにとだけ」

「馬鹿を言うな。そんな夜中に一人を呼び出す輩がいるわけないだろう」

「本当なんです。だから僕は、部屋を出ていました」

 うんざりした風にシズは足を組み、首筋をかいた。全く信じる気配のない彼に狼狽えつつ、自分が危ない立場に置かれていることに気が付く。

「管理部で通信履歴を調べてみてください。残っているはずです」

「一応は調べてみるがな、無駄に決まっている。一人ずつ聞き取りを行っているが、あの時刻に部屋を出ていた隊員は、今のところ貴様だけだ」

 ムジが伝えたに違いないが、彼はサクが部屋を出たのだと事実を口にしただけだろう。彼にもメッセージを見せておけばよかったと後悔したが、彼が身を挺して自分を庇ってくれるとも思わなかった。シズに履歴がないと言われれば、あれは記憶違いだったとあっさり言い張るに違いない。

「管理部の人たちは、出歩いてなかったんですか」

「我々の部屋はオートロックがかかると同時に、部屋の出入りが記録されるようになっている。残念だが、出歩いている者はいなかった」全く残念そうな素振りを見せず彼は言った。つまり、特殊活動区で自室を出入りしていた者は、現状でサク一人だという。

「なら……監視カメラはどうなんですか。研究所の中には設置されていたはずです。カメラが燃えても、記録は残るはず」

「記録は残っていただろう、所内の監視室にな。だが、漏れなくその部屋も灰になった」

 二の句が告げず、サクは棒立ちになるしかなかった。間違いなく、誰かが自分を陥れようとしている。そして、自分の弁解を聞いてくれる者はいない。

「貴様、二年間どこにいた」

 シズが冷たく見やるのに、サクは返事ができなかった。彼らは自分を、局に逆らう一味の一人として疑っている。あの二年間で邪な思想を植え付けられ、シェルターに戻ってきたのは悪い目的を果たすためなのだと。

「……僕は、何もしていない」

 サクは視線を伏せて呟くしかなかった。カイとの旅の話を彼らに聞かせたくなかったし、どのみちこの場で何を言って逃れようとしても、信じてはもらえない。

 ふんと鼻を鳴らし、シズは立ち上がって部屋を出て行った。追いすがり食い下がる気力は、最早残ってなかった。

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