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代わり映えのない日々は、三年前と同様、ほぼ全てが訓練に塗り潰されていた。座学と体術、射撃訓練に時間を費やし、防護服を着てシェルターの外を見回った。シェルターからごく近い地点は監視カメラで確認ができたし、多少の異形なら壁に設置された機銃で掃討できる。シェルターから離れた場所に建つ無人の施設を見回り、周囲に異変がないか巡回するのがせいぜいで、しばらく同じような日が続いた。
陽の光を随分浴びていないことをサクは思い出した。上下とヘルメットの繋がったスーツを着て外に出ても、陽気の心地よさどころか風のひとつも感じられない。ウイルスを防ぐための分厚いフィルターで、僅かな空気を吸える程度だ。身体のかすり傷からウイルスが侵入する万が一を防ぐため、全身を防護服でカバーする必要がある。サクは超耐性を理由に防護服を脱ぐことはできるが、その後に頭からつま先までアルコールのシャワーを浴びる必要があることを考えれば、仕方なくとも着続けるしかなかった。
シェルターに戻れば常に屋根の下にあり、ひたすら規則正しく動いて眠る。偵察部隊員ではない一般住民の暮らす居住区に多少の娯楽施設は存在するが、サクはその区域を訪れたことさえなかった。同室のムジが仲間と誘い合い、たまの非番の日に遊びに出るのを見送るだけだった。
ニナの予想に反し、意外にもワクチンの完成が近いという噂をサクも耳にしたが、例によって大した関心は抱かなかった。ワクチンができれば、自分がアンドロイドと行う予定の任務も中止になるのだろうか。多少気にはなったが、すぐにどうでもよいと思い直した。
それよりも、REGだ。奴らはシェルター内のどこかに潜んでいるに違いない。空いた時間があれば、彼らの尻尾を掴む方法をひたすら模索した。偵察部隊の人間を殺害できるとなれば、それなりの訓練を受けている者と思われる。一般人の可能性はゼロではないが、恐らく隊員に紛れ込んでいるのだろう。つまり、区内で共に過ごしている誰か、もしかすると毎日顔を合わせている者の中に、カイを殺した犯人がいるかもしれないのだ。居ても立っても居られないが、一人ずつ尋問していくわけにもいかないので、サクはひたすら考え続けた。
だが思い出せるのは、見慣れた防護服を来た者が倒れる映像だけ。記憶を探るたびにカイの死にゆく姿を脳裏に思い返さなければならず、幾晩もうなされてはうるさいとムジに叱られた。それでも、到底諦めるわけにはいかなかった。
その晩も、早々とベッドに潜り込んだサクは、部屋のドアの開く音を聞いた。廊下の仲間にムジが機嫌よく別れの挨拶を告げている。瞼を通して電灯の光が差し込み、サクはぎゅっと目を瞑った。ムジが手洗いに立つ足音が聞こえ、いっそこの隙に電気を消してやろうかとも思ったが、下手に反感を買うのも気が進まない。
我慢してじっとしているサクの耳に、高い機械音が飛び込んだ。慌てて身体を起こし、部屋の両側のベッドに挟まれたテーブルへ目をやった。簡素な木製の天板の上で、小さな黒い機械がピーピーと音を立てている。寝床を抜け出して右手に機械を取り、画面に目をやる。一方的にメッセージを受け取るだけの機械には、「至急、Fルームまで来るように」との文言が映っていた。
これはミオとの会話に使った携帯電話のように、こちらから言葉を送ることはできない。連絡事項を外から受信するだけの単純な機械で、だからサクは首をひねるしかなかった。要件に関しては一言も記載がなく、差出人欄には管理部の文字だけがある。これほど不可解なメッセージを受信したのは初めてだった。
ハッキングの可能性があるにしても、誰が得をするだろう。それより、この機械を通じて呼び出せる立場の人間が「至急」といっている以上、のんびりしてはいられない。嫌な予感を覚えつつ、白いシャツはそのままで、寝間着のハーフパンツをジーンズに履き替え、ポケットに通信機を滑り込ませた。
ドアに向かったところで、脇の手洗い場から出てきたムジと鉢合わせた。彼はサクが部屋を出ようとするのに怪訝な表情を見せ、「寝てたんじゃなかったのかよ」と言う。
「ちょっと、呼び出されて」
「今更?」ムジは壁の時計を見上げた。「何があるんだよ」
時刻は既に夜の十一時を過ぎていた。こんな時間の用件が何なのか、二人とも思いつかない。
「わからないけど、至急だって」
サクは手に握った通信機を軽く振った。彼は不審と興味を半々に混ぜた表情で、「ふうん」と腹落ちしない風の声を発した。
そんな彼を残し、サクは部屋から廊下に出た。既に規則の就寝時刻を迎えていて、ムジがこの時間に帰ったのも、共に非番だった少年の中にリーダー格の者がいて気が大きくなっていたからだ。理由もなく自室の外をうろついているのを管理部の大人に見つかれば、たちまち叱責や罰をくらう羽目になる。だが、呼び出しを無視するわけにもいかないので、人っ子一人いない廊下をサクは足早に進んだ。
指示された部屋は、地下二階の現地から一つ下の階にある。地下三階には主に座学や会議に使用される部屋が集められ、その真下には開発区がある。サクには受けるべき説教も思い浮かばず、考えられるとすれば、先に控えているアンドロイドとの任務についてだった。だが、わざわざ夜中に用件も伝えず呼び出す必要があるだろうか。それに作戦にはSランクの耐性を持つムジも含まれているはずなのに、自分だけが呼び出される理由が思い浮かばない。本心では行きたくなかったが、シェルターで生活する者として、急がねばならなかった。
節電のため最低限の光源しか灯っておらず、エレベーターを下りた先にも足元だけが照らされる暗い廊下が続いていた。施設内はしんと静まり返り、まるで人っ子一人いない地面の底を歩いているような不気味さを感じる。暗さのあまり右手を壁に沿わせながら、記憶に頼ってサクはT字路の突き当たりを右に曲がった。すぐ脇にドアがあり、目を凝らして見上げた先には「F」のプレートがかかっている。僅かばかりの緊張を覚えつつ、軽く握ったこぶしでドアをノックした。
反応はなく、サクは更に三度ドアを叩いた。だが、誰の返事も聞こえず、人の気配も感じない。ポケットから通信機を出してメッセージを確認し、もう一度見上げたが、部屋に間違いはなかった。
気味が悪い。足元の光源に軽く目を細め、サクはそっとドアレバーを握った。下げて軽く押すと、すんなりとドアは開いた。
暗闇に目が慣れる前に、一歩部屋に入って壁へ左手を這わせた。探り当てたスイッチを入れると、ぱっと部屋の中に明かりが満ちる。
中には、誰もいなかった。
それを確認した途端、突然の轟音に思わず膝を折ってその場に伏せた。空気の振動に皮膚がびりびりと痺れるのを感じる。シェルターが丸ごと崩れたのかと錯覚するほどの大音響に加え、床がぐらぐらと地震の如く揺れる。電気は消え、あたりは再び暗闇に包まれた。サクは両腕で頭を抱え、何が起こったかを把握しようとしたが、丸きり理解が及ばない。たちまち警報音が天井のスピーカーから鳴り響く。揺れはすぐおさまったが、身体を伏せたまま這うように部屋を出る。真っ暗な廊下では右も左もわからない。
非常電源が働いたのか、廊下の電灯がぱっと明るくなり、警報の向こうで集合を命じる放送がかかる。身を起こしたサクは、誰もいない廊下を一気に走り出した。
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