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リーパーに対するワクチンの開発よりも、アンドロイドが外で活動できるようになる方が早いと目算がついたらしい。もともと外での活動を見越して作り出されたロボットは、ようやく目的を達する目途が立ちかけているという。
「とはいえ、まだまだ問題はたくさんありますが」
「さっきのアンドロイドが、第一号ってこと」
「それは……」
サクの言葉に、彼女は少しまごついて言い淀んだ。
普段サクが使用している偵察部隊のものよりも、ずっと天井の高い清潔な食堂だった。供給されている食事は大差がなく、地下で育てられている小麦から拵えたパンや、トウモロコシのスープ、不味い人工肉、加えて必須栄養素を凝縮したカプセルは、途方もなく味気ない。ただ生存するために、胃へ流し込んでいるだけだ。だが、仕事を離れる束の間の休息を楽しむ人々が、あちこちのテーブルにぽつりぽつりと座って話をしたり、本を読んで過ごしている。
四人掛けのテーブルで向かい合うニナは、僅かに声を落とした。
「一般人と同等レベルの身体能力を持ったアンドロイドは既に完成していたのですが、偵察部隊からは、より高い能力を持つものを望まれました。それがようやく完成に近づいたという段階です」
「より高い能力って。欲が深いね」
「仕方がないです。壊れにくいものを使って、資源の無駄な損失を防ぎたいのでしょう」彼女は手に取ったパンを小さくちぎって口に運んだ。サクも、温く薄いコーンスープをスプーンですくった。
「でも、最終的な目標は、アンドロイドじゃなくてワクチンができることなんだろ」
サクの言葉に、ニナはもちろんと頷いた。誰も、シェルター外をアンドロイドが跋扈する世界を望んでいるわけではない。
「私も、それが一番だと思っています。世の中には反対派なんていう人たちもいるそうですが」
「ああ、自然のままに生きるべき、って」
サクも聞いたことがあった。人がリーパーに駆逐されるのが自然の流れならば、それは仕方ないという思想の人間が存在し、彼らはワクチンの開発を快く思っていない。発生したウイルスに負ける者は淘汰されただけであり、環境の変化に適応できなかった個体である。無闇に逆らう姿勢は生物的進化と発展に背き邪魔をしているだけだという。
「ワクチンの開発が種の進化を妨害していると言いますが、人間とワクチンの歴史は、既に何世紀も続いています。培ってきた知恵という道具を使って、自ら道を切り開いたまでのこと。それを否定することこそ、ヒトの進化を否定し妨害しているんです。彼らの論は成立していません」
すっかり食事の手を止めて力説するニナは自身の熱に気付くと、慌てて「ごめんなさい」と付け加えた。
「謝らなくても、いいけど」
「……ワクチンの反対派は、ある程度耐性のある人たちで構成されているという噂を聞きました。偶然にも耐性を得られたから、ワクチンの必要性を強く感じないのだと思います」コップを手に取り、気分を落ち着かせるように水を少しだけ飲む。「私はDランクで、このままでは一生外に出ることはかないません。ワクチンの開発は、私を含む低耐性の人間にとって大きな希望なんです」
サクは黙って同じように水を飲んだ。ランクが高いどころか超耐性を持って生まれたおかげで、彼女のような苦しみを感じたことは一度もない。また高耐性の者で構成される偵察部隊に所属しているため、周囲にも大きな危機感を覚えている者は少ない。このままワクチンが完成せずとも、自分には縁のない話だ。
「ごめんなさい。耐性のある方は偵察部隊で苦労をして、私たちの為に働いてくれているのは承知しています」
「だから、謝らなくていいよ」硬いパンを千切りながらサクは続ける。「いがみ合ってても仕方ないし。今あるものの中で、頑張るしかないよ」
かつてカイが口にした台詞を伝えると、ニナは微笑んで頷いた。その笑顔を見て、彼女がカイに会うことができれば、二人は何を話すだろうと、サクはぼんやり思った。
「ワクチンが一日でも早く完成して普及することを願っています。その目途が立たないなら、偵察部隊の方々の命を救えるよう、私たちは精いっぱいアンドロイドの研究を行います。……アンドロイドは私たちの子どもみたいなもので、複雑な気持ちもあるのですが」
まだ年若い少女が口にする「子ども」という言葉に違和感はあったが、サクは黙って聞いていた。
「命を救うというのが傲慢にしても、少しでも皆さんの負担を減らせたら本望です。今度の任務で、研究室の彼がサクさんの助けになれるよう願っています」
彼女が周囲を見渡した。ちらほらと見えていた人の姿がほとんどなくなっていることが、時間の経過を物語っていた。
「また、疑問があったらいつでもお越しください。私にお伝えできることがあれば、お話します」
うんと頷いて立ち上がったサクは、同じようを席を立ち、盆を手にする彼女に声を掛けた。
「それなら、その話し方、やめてくれないかな。なんか、変な感じがする」
「話し方というのは」
「僕に敬語を使う人なんていないから、混乱する」
彼女はきょとんとした後、困ったような表情を見せた。
「私はずっとこんな話し方だったので……可能な限り善処します」
希望を叶えてもらうのは難しそうだ。サクは心の中で思う。
「それなら、せめて呼び捨てにしてよ。サクさんなんて呼ばれたの初めてだ」
彼女はまごつき考えるそぶりを見せたが、「……善処します」ともう一度呟いた。
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