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 廊下の先に現れたのは、見上げるほど天井の高い広々とした部屋だった。いや、部屋ではなく、それこそ研究施設と呼ぶべきだろう。アンドロイドのみでなくあらゆる機械の研究開発を行っていると彼女は言う。床を這うコードに気を付けるよう忠告し、彼女は機器の合間を縫って奥に進む。箱型の機械が並ぶ列を抜けると、そこには先ほどの部屋で見たのと似たロボットが、行儀よく十数体ほど並んでいた。だが、中身が剥き出しの人間を彷彿とさせる機械の一つは、胸元まで皮膚を被っていた。

 胸から上はまるで裸の人間にしか見えない。皮膚や髪の質感はまるで本物で、人間がアンドロイドに改造されたのではないかとも疑ってしまう。

「これ、人間の皮膚……?」

「ヒトの皮膚に近づけた人工の皮膚です。培養したものを貼り付けても、代謝ができなければ意味がありませんので」

 アンドロイドが脇に垂らす肌色の腕を取り、どうぞとニナは声を掛けた。触るよう促されていることに気付き、サクは手でそっと腕をなぞる。まるで人と相違ない肉の弾力が指を弾き返し、温みすら感じる。

「内臓はありませんが、人と同程度の熱を内部で生成しています」

「話したりすることはできるの」

「AIを搭載していて、一般人としての会話は可能です」

 そばの机に置かれたパソコンのキーボードに、ニナは指を這わせた。彼女が何らかの操作を施すと、胸から上だけ皮膚を被ったアンドロイドは、人間が目を覚ますが如く滑らかに瞼を開いた。

 ニナが挨拶をすると、その口は「おはようございます」と男の声で返事をした。頬の筋肉が口に合わせて動き、まるで人と区別がつかない。

「よく眠れましたか」

「ええ、おかげさまで。十八時間四十五分三十秒ぶりですね、ニナさん」

 ニナは少しだけ肩をすくめ、唖然とするサクに苦笑した。

「彼にはもう少し調整が必要ですが、記憶を生成して埋め込む頃には、違和感なく会話が可能です」

「こちらはどなたですか」

 アンドロイドの眼がサクを捉え、まるで不思議そうな表情をする。

「偵察部隊の方です。研究所を見学に来られました」

「そうでしたか。この身体ではお茶を出すこともできず、申し訳ない限りです」

 胸から上しか存在しない男は、両手を軽く開いて冗談まで口にしてみせた。

 少し会話をしたニナが再びパソコンを操作すると、そのアンドロイドはまるで眠るように再び瞼を閉じた。

「もともと、何のためにアンドロイドを作っているんだ」

「それは、あなたたち……つまり、偵察部隊の人員を入れ替えるためです」

「人員を入れ替えるって」

「外部調査に関して、今は耐性のある人たちに行ってもらうしかありません。人工的に耐性をつける方法は見つかっておらず、シェルター内の約十五パーセントの方々に頼るしかない、圧倒的に人員が足りない状況なのです。それを機械に任せようという考えです」

 ニナは言い辛そうな口ぶりで、並ぶロボットたちに視線をやった。配線が剥き出しの人型ロボットはまだ機械にしか見えない。しかし皮一枚を被れば、今度は人だと錯覚してしまう。

「アンドロイドを使えば、人が命を落とすことなく、より遠方や危険な地での任務が可能になる。その第一歩を担うのが、彼なのです」

 彼女は細い指先を先ほど会話したアンドロイドの腕に触れさせた。その顔には研究者としての誇りではなく、親しい者を案ずる憂慮が浮かんでいた。

「それは、ワクチンができるより早そうなのか」

 局はリーパーに対するワクチンの開発を精力的に行っているはずだ。それが完成すれば、誰もがシェルターを出て活動が可能になる。サクの知らない七十年前の生活を取り戻せるはずだ。

「ワクチンの研究は、正直なところあまり進んでいません。私は専門ではないので詳しくは認識していないのですが……。この施設も含めて人員も資材も足りておらず、また妨害もないわけではないので……」

 少しずつ思慮にふけろうとする彼女は、はっと顔を上げ、慌てたように言った。

「すみません、関係のない話に入ってしまって」

「いや、気になるから構わないけど」

「この研究所でサクさんにお見せしたかったのは、彼です。なので、ここでの一応の目的は達成できたのですが……。もう、夜ご飯は済んでますか」

 彼が否定すると、彼女はいけないと言う風に首を振った。

「この階層にも食堂があります。よろしければそちらに移動しましょう」

 サクは去り際にもう一度振り返った。アンドロイドたちは、まるで屍のようにぴくりとも動かなかった。

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