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 事態は急展開を迎えた。REGのリーダーと名乗る男の逮捕は、いっとき爆発事件の騒動さえ薄れさせた。

 管理部のネットワークへの不正なアクセスを調べた先で、男の犯行が明らかになった。六十を超えたカルムという元エンジニアの男は、管理部のネットワークに侵入して隊員たちの情報を得、次のターゲットとする者を絞っていたという。彼が自身をREGのリーダーと称するのに周囲はただの虚言だとみなしていたが、捜査を行う内に信憑性は高まった。一般居住区にある彼の自室には、現役で働く者をうならせる機器や環境が備わっていた。

 現役を引退し一般居住区で暮らしていた男が、政府に歯向かう組織のリーダーだった。この事実はシェルター内を震撼させ、残りのメンバーがどこに潜んでいるかわからない疑心暗鬼を人々の間に強烈に生みつけた。

「彼が、爆破事件の犯人だったのでしょうか」

 開発区の食堂で、味気ないシリアルを口に運びながら正面のニナが疑問を口にした。特殊活動区は人口密度が高く、サクが嫌な視線を受けずに済むようにという彼女の配慮だった。

 早朝という時間帯のおかげで、ほとんど人の姿は見られない。サクは深夜にシェルター外の警備を行った帰りで、これから仕事に向かうニナと朝食だけを共にしていた。部屋に戻ればシャワーを浴びて眠るだけだから、少々時間を使っても問題はないと、彼女の誘いを承諾したのだ。

「僕は、きっとそうだと思う」牛乳に浸したシリアルを飲み込み、サクは返事をする。「取り調べが終わらないと、なんとも言えないけど……。けど、そもそもREGにワクチンの開発を妨害する理由がない」

「そうなんです。彼らが犯行に及ぶ理由がない。むしろ耐性ランクの低い人たちの集まりなのだから、ワクチンの開発には賛成するはずなんです」

「そうだとは思う。それで関係がないとしても……今度はタイミングが良すぎるのが気になる」

 彼の言葉にニナは何度も頷いた。スプーンを操る手を止め、真剣な表情で声を僅かに抑える。

「仮にREGが関与しているとすれば、彼らだけの犯行ではなかったのだと思います」

「それって、どういうこと」

「彼らには他の繋がりがあった。ワクチン開発の妨害を望む集団……例えば、反対派とか」

 どうかなとサクは首をひねった。反対派はワクチン不要説を唱える高耐性の集団であり、低耐性のREGからすれば敵のような存在だ。この二派に関りがあるとは想像し難い。

 わからないことだらけだ。二人はそれぞれの思考に浸り黙々と食事をしていたが、ふとニナが安堵の表情を浮かべた。

「とりあえず、あなたから疑いの矛先が逸れて安心しました」

「今は別の問題が出てきたっていうだけだよ。僕が疑われていることに変わりはない」

「それは、そうですけど……」空の皿を少し遠ざける。「疑いを晴らす方法を探る時間ができたのは、よかったです」

 自分の処遇など、本来ニナが気にするはずのことではない。そんな想いをサクが口にしかけた時、上着のポケットで電子音が鳴った。スプーンを置いて通信機を確認し、目を見張った。「REGのリーダーと名乗る男が死亡。大至急、第一会議室に集合するように」全隊員に向けたメッセージには、そう書かれていた。


 調べが進むうち、カルムがREGのリーダーである可能性は確実のものとなっていた。彼の居室からは多くの資料が発見され、それは嘗て死亡が確認された偵察部隊員の情報と一致していた。明らかな他殺から事故と思われていた死亡例まで、どのようにターゲットを殺害するかを計画していた痕跡があったのだ。

 そして、ニナの推測が見事に当たっていたことをサクは知った。カルムはワクチン反対派のグループと手を組み、爆発事件を起こしたことを明らかにし、処罰が下る前に留置所で突然死した。彼の遺体からは猛毒が検出され、彼に毒物を与えたと見られる職員は姿をくらました。使用されたのがシェルター内では採取できない植物による毒だったことから、反対派の関与は疑いのないものになっていた。

 あの爆発事件は、REGと反対派が手を組んで起こしたものであり、首謀の男は毒殺された。残りのメンバーがどこに潜んでいるのか、局は躍起になって探し回り、シェルター内の疑心暗鬼は留まることを知らなかった。

「おまえ、本当に奴らの仲間じゃないんだろうな」

 訓練から戻っている途中、廊下でムジを含む集団に話しかけられ閉口する。何を言っても信用しないくせにと辟易する。むしろREGはカイを殺した仇であると思っているのに。

「そんなわけないだろ。奴らは高耐性を憎んでいるんだから」

「でも、それなら反対派と手を組むこと自体がおかしいよな」ムジの仲間の一人が不可解さに顔をしかめて言った。「つまり、ランクは関係ないってことか」

「それなら、そっちの誰かが犯人の仲間でも不思議じゃないよな」

 サクの少々の反撃に、彼らは見合わせた顔で不快感をあらわにする。まさか自分たちの中に反乱分子が潜んでいるわけがない。そう信じているからこそ、疑惑を突きつけられて不快になる。

「生意気なこと言ってんじゃねえよ。一番怪しいのはおまえなんだからな」ムジが軽くサクの足を蹴飛ばした。それにもやや元気がないのは、シェルター一帯に蔓延する疑心の空気に多少疲弊しているからだろう。仲間だと信じていた同僚が、実は局に歯向かう危険人物だったらなどと、想像しただけで恐怖や狼狽がこみ上げてくるに違いない。

 そうした空気の中、サクは少しでもREGの情報を得ようとした。彼らのコミュニティは狭く深く、少数精鋭での活動を行っている。強固な上下関係で構築され、先日死亡したカルムは絶対的な権力を握っていたらしい。分かったのはこれぐらいで、カイを殺した相手に辿り着く気配はまるでなかった。

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