15
薄闇に身を隠し、神経を研ぎ澄ませながら敵の気配を探る。充分に離れた頃、地下への出入口を破壊する爆音が轟いた。小石や埃を踏みつけ、根気強く生える雑草をまたぎ、広いフロアの南側をじりじりと進む。吹き抜けの上階を警戒し、耳を澄ませ、ただの階段と化したエスカレーターを上がる。どこかで誰かが自分の頭に銃口を向けている想像に、全身に緊張が満ち、息と足音を殺して二階に到着する。
戦闘の音は絶え間ないのに、しとしとと街に降り注ぐ雨の音がやけに幻想的に鼓膜を揺らす。唐突に一発の銃声が建物内に響き、北側から攻める仲間が敵を一人殺したことが、無線機から淡々と告げられる。
「南B区画に異形が向かった! デカいぞ、気をつけろ!」
遠くの仲間からの無線に息を呑む。南Bとはここのことだ。ガシャンとガラスの割れる甲高い音が響き、サクは身を固くした。残った窓ガラスが割れると共に、重量のある巨体が着地した衝撃で床が軽く揺れる。イブキだ。姿を見ずともサクにはわかった。
北側で激しい銃撃の音が響き、すぐに止んだ。仲間が彼に殺された。同じ階での戦闘だ。サクは一気に走り出し、目の前にあったエスカレーターを追い立てられるように駆け上がる。吹き抜けを横切る形で階を上り、息つく間もなくより上を目指す。
退避の命令が聞こえたが、サクは引き返さず足を動かした。彼を確実に仕留めるには、瓦礫の中に閉じ込めるしかない。カイと挑んだ最後の戦いを思い出す。あの時の異形も、一度瓦礫の下敷きとなり、カイが致命傷を与えてとどめを刺した。
エスカレーターのすぐ脇から、吹き抜けを通して遥か下の闇が見える。その闇を裂くような銀の毛皮が、床を蹴り飛ばし狭いエスカレータを足場にして飛び上がる。ワンフロア上へ上がった異形は、サクを追って更に上へ飛ぶ。重みと衝撃にエスカレーターがねじ曲がり折れる音が聞こえ、もう下へ戻ることはできないことを悟る。
最上階の広い廊下に出ると、背後でイブキも同時に同じフロアに立った。天井はドーム型にガラスで包まれ、あちこちに穴が空いている。左右には店が連なり、等間隔に街灯風のオブジェが並ぶ空間だ。一気に走り込んでくるイブキに背を向けたまま、サクも同じ方へ駆ける。到底獣の足には敵わない。
床を蹴り、設置されたベンチを踏みつけて飛び上がり、正面の街灯を蹴って背を反らした。頭が地面を向き、空中で一回転する真下を異形が突進し、オブジェに激突する。鈍い音が響くのを聞きながら着地の体勢を取る。
目の前に銀の塊が迫った。脇腹に衝撃が走り、サクの身体は広い廊下を飛び越え、雑然とした店に転がり込む。散乱する木箱や床に身体を打ち付けて息が止まり、一瞬目の前が真っ暗になる。尾の一撃をくらっただけで、死を予感する。もし店内に転げるのでなく壁にぶち当たっていれば、二度と立ち上がれなかっただろう。
痛みに耐えつつ即座に片膝をつき、モスバーグを天井に向けて撃った。残ったガラスの破れる大きな音が響き、異形の頭に破片が降り注ぐ。怯んだ隙に店の庇を辿り、廊下を駆け抜ける。
「サク、おまえ今どこだ! 逃げ延びたか!」ムジの怒鳴り声が胸元の無線機から響く。「もう時間がないぞ!」
「大丈夫だ、早く爆発させて」
「まさかまだ中にいるのか! 死ぬぞ!」
「いいから早く!」
モスバーグを握りしめ、あの時、出口を求めてトンネルの奥へ進んだ時のように暗闇に向かう。背後には怒り狂った異形が迫るが、当時の優しい声はもう聞けない。だが足は止められない。進むしかない。
「絶対に死ぬなよ!」
ムジの声を最後に、これまでにない轟音とともに施設が揺らいだ。第二陣が南館のあちこちに仕掛けた爆弾が一斉に起動したのだ。吹き抜けが崩れ、猛烈な衝撃と爆風が迫る。廊下の行き止まり、ドーム型のガラスが破れた建物の端を思い切り右足で蹴り飛ばし、宙に身を躍らせた。
爆風に全身を押され、細々とした破片に顔や手足が切り刻まれる。全力で蹴り出した勢いで身体が天地の逆を向く。逆さまになった獣の真っ赤な口が、眼前を覆っていた。
両手で構えたモスバーグの銃口を、その口の奥に向ける。これが最後の一撃だ。
誰かの手が手に重なるような感触と共に、ぐらつき乱れた照準がぴたりと目標へ向いた。これ以上なく完璧に狙いが定まった時、懐かしい声が確かに聞こえた。
――サク、いけ。
二人分の指で、引き金を引いた。
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