2章 夢幻と窮地
1
カイの死から一年が経った。その一年は長くも短くも感じられたが、サクにはどうでもよいことだった。カイの仇を討つ、ただそれだけを胸に生きていた。
シェルターの誰もが二年間のことを知りたがったが、黙っていると興味を失ったのか、聞かれることもなくなった。超耐性の駒が戻ってきた、彼らにとって重要なのはその事実だけなのだ。当然、なぜサクが今更戻って来たのかなど知る由もなく、彼が抱く復讐への想いも誰も知らない。喋ればあの大切な日々が醜い興味の的になってしまうと思い、サクはカイのことを誰にも語らなかった。シェルターの中にいるであろう、カイを殺した相手に勘付かれる危険もある。
カイを撃った人間が防護服を着ていたのを、サクはしっかり覚えていた。外で死亡した偵察部隊員から剥ぎ取った可能性も否めないが、シェルターの外で暮らす人の多くはリーパーと共に生きることを覚悟している。わざわざ重たく動きづらい防護服を着る必要がない。カイの死後、周囲をくまなく探したが、防護服を着た死体は見つからなかった。撃たれて逃げおおせたのだろう。あの誰かは、シェルター外で活動する偵察部隊の人間であるとサクは確信している。
そしてその誰かには、自分を狙い殺そうとする理由があることも知っている。
「おまえさ、ちょっとは協調性とか愛想とかないのかよ」
同室の少年の声に、硬いベッドに座って考えにふけっていたサクは我に返った。三年前は偵察部隊員として四人部屋をあてられていたが、十五歳になればシェルター内で自分で部屋を見つけるか、二人部屋かを選ぶことができる。住環境などどうでもよいサクは自分で部屋を探す気もなく流れに身を任せ、同じ部隊の少年と同じ部屋をあてがわれた。ムジという彼は、皮肉にもサクより三つ年上で、カイが生きていれば同じ年齢だった。調子が良く話好きな所もカイと似ていたが、彼と仲良くなれる気はせず、そのつもりもなかった。
同年代の者と賑やかに暮らす方を望んだムジにとって、サクと同室になったことは明らかな誤算であり、ランダムな部屋割の仕組みにうんざりしている風だ。
仕方なく仲間の部屋に時間を潰しに行く彼は、これ見よがしに舌打ちする。
「超耐性だからって、調子乗ってんじゃねえぞ」
耳にタコができるほど聞いた台詞に、サクはおやすみと返し毛布に潜り込む。呆れかえったムジは、せめて大きな音を立ててドアを開け閉めしていった。
シェルターでの生活に、以前は大きな不満を持つことはなかった。そこに世界の全てが詰まっていて、ここでしか自分は生きられないのだと信じて疑わなかったからだ。
だが二年の旅を経て戻ってしまうと、その閉ざされた窮屈さを嫌というほど痛感した。旅では常に命を危険にさらしていたが、出会うものは全てが新鮮で多くが美しく、一つの窮地を乗り越えた充足感は言葉にするのも難しい。一方、シェルターでは日常の多くを人工物の中で過ごし、たまに陽を浴びるのは偵察部隊の一員として任務をこなすときだけ。常に局の監視下にあり、勝手な行動を取ればすぐさま処罰の対象となる。シェルターでの人々の生活を語ると、カイは嘗て「蟻みたいだな」と言ったが、まさにその通りだ。地下に潜ってたまに地上に出て、働いて死んでいく。そのうえ、ある程度の耐性を持たない者は、防護服を着て外に出ることさえ出来ずに地面の中で一生を終える。窮屈以外の何物でもないと、今のサクには理解できた。
その窮屈さを感じても、やらねばならないことがある。そして自分が次第に環境に慣れつつあることにも気付いている。その過程で彼との思い出が薄れてしまわないよう、サクは自分を守るように身体を丸め、瞼を閉じた。
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