2
「射撃の腕が随分上がったようだが、外で何を撃っていたんだ」
射撃場での訓練を終えたところで、長身の男がサクに話しかけた。上官の登場に、片付けを行う周囲は緊張しつつも好奇の視線を注いで観察している。
答えたくなかったが、上官の話を無視して下手に反感を買っても動きづらくなる。
「獣や、異形を……」
仕方なく返事をすると、以前からサクを知っているシズという上官は、顎に手を当てた。顔の整った筋肉質の男は既に四十を過ぎているはずだが、二年越しに会っても老いは感じられなかった。むしろ順調に出世の道を進む貫禄は、気の弱い者には畏怖の感情さえ与えた。
「その獣や異形を食って生き延びていたのか」
上官は、サクに協力する者があったことに明らかに気付いている。訓練を行い、多少のサバイバル術を机上で学んでいたとしても、生まれてからの十二年をシェルターで過ごした少年が、たった一人で二年も生き延びられるはずがない。
「……そうです」
「それは頼もしい」言葉に揶揄を込め、シズはちらりと周囲に視線を配る。「超耐性はただでさえ狙われかねんからな」
サクははっとし、歩き出したシズについて歩を進める。彼は周囲へ牽制の意を込めたに違いないが、少しでも情報を得ておきたい。
「シズ管理官、それはどういう意味ですか」
「そういう連中もいるから、気をつけろと言っただけだ」
「
訓練場から廊下に出たシズの大股に、サクは懸命について行く。
「貴様が知ってどうする」
上官の意地悪に、サクはぐっと言葉を呑む。彼は分かって言っているのだ、サクがシェルターに戻ってきた理由を。
「敵のことは、知っておきたいだけです」
「残念ながら、私からは気をつけろとしか言えない。超耐性は残り一人だけなのだからな」
サクは、他に超耐性の人間を二人認識していた。だが、一人は高齢でサクがシェルターを出る前に死亡し、もう一人は旅をしていた二年のうちにリーパーと関係のない病気により死亡した。シェルター内にいる超耐性は、今やサク一人だけだった。
超耐性の遺伝子は極めて劣性で、形質が遺伝する確率は非常に低いことが数少ないサンプルから明らかになっている。そうでなければ、今ごろ自分は偵察部隊員でなく実験動物として扱われていたに違いない。人間であり得るのは、嘗て研究対象として犠牲になった超耐性の誰かのおかげだが、考えるといたたまれない気持ちになる。
「いいか、貴様には使いようがある。自分の身は自分で守れるよう鍛えておけ。それだけだ」
シズは駒を惜しんで忠告しただけらしい。仮に何かを知っていても、教えてはくれないだろう。唇を噛み、サクは歩く速度を緩めた。
「貴様も知っている通り、二ヶ月前にも隊員が一人殺害された。あれはまず間違いなく奴らの仕業だ」
やっと足を止めたシズは、僅かに声を潜める。
「どこに潜んでいるかは判明していない。連中の首謀者が捕まるまで、せいぜい用心しておけ」
これ以上食い下がることもできず、サクは「はい」と返事をして上官を見送るしかなかった。
リーパーへの耐性の強さは、個体がどれだけ耐性遺伝子を有しているかで決まる。それは生まれつきのものであり、後天的に得て耐性値を上げることはできない。
局は差別の意図はないとしているが、シェルターに住む者は耐性の強さでランク付けが成されている。最も耐性のある者がS、その下はAと続き、最低ランクはFである。住民の約半数は平均値のCが割り振られている。超耐性はリーパーの影響を全く受けず、耐性遺伝子とは別の素因があると見込まれているため、ランク自体が存在しない。
生まれた時点の検査でランクが決定され、B以上は強制的に偵察部隊に配属されてシェルター外での活動が可能なように訓練が施される。
自身の努力で変更することのできないランク付けに、被差別意識を抱く低ランクの者は少なくなかった。偵察部隊員ならまだしも、一生を地下で過ごすCランク以下の人間にランク付けなど必要ないと主張する住民もおり、逸脱した行動から処罰を受ける者も稀に見られる。
リーパーは特にヒトに大して強い毒性を発する。そのため、高ランクの者はヒトでなく獣に近いのだと信じて敵視する者の集団は、抵抗遺伝子否定派と称され、REGと呼ばれていた。
REGの犯行と思しき、高耐性の偵察部隊員が死体で見つかる事件が稀に起こる。連中は巧妙にシェルター内に潜み、自分たちの意思を表す機会を着々と狙っているのだ。だからシズはREGの単語を用いて周囲を牽制し、最も狙われやすい超耐性のサクにその話を持ち掛けたのだ。
サクは、カイを殺したのは防護服を着た人間、つまりシェルターに住む者の犯行であると同時に、超耐性の自分を狙ったREGの仕業であると考えていた。シズは恐らく、サクが戻ってきた理由はサクといた協力者に関係し、その人物は既に死亡していることに気付いているだろう。REGに食いついた彼を見て、忠告をしたというよりも、サクとREGとの因縁を確認したに違いない。仇討ちという目的はきっと悟られている。
邪魔さえされなければそれでいい。サクはそう思った。上官から情報が得られなくとも、いずれ自分でカイを殺した相手を見つけ、この手で殺す。シェルター内の極刑は追放だが、殺人を犯したことで追放されたとしても、願ったり叶ったりだ。目的を達成できれば、ここにいる必要はない。
どうにかして方法を見つけなければ。サクは踵を返して射撃場に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます