12
やはりイブキたちが裏切ってリーダーを殺害したのか。そう言おうとしたサクに、イブキは「さて」と両手を打ち鳴らした。
「細かい話は後にしよう。俺たちは、身一つで危険な世界を旅したきみの強さを買っている。局に不満があるなら、俺たちと手を組まないか。近々、俺たちは行動を起こす」
とんでもない話だとサクは思った。そんなわけのわからない騒動に巻き込まれて、わざわざ死線を越える真似などしたくない。首を左右に振った。
「僕は、シェルターでやるべきことがあるんだ。そんなことに関わる暇なんてない」
「そうか。まあ、カイのことは残念だったね」
身体の血が沸き立つ感触がして、瞬時に頭がかっと熱くなる。
「カイがどうなったか知ってるのか……。本当に、REGの奴がカイを殺したのか!」足を踏ん張り、駆けて詰め寄りたくなる身体を必死に抑える。イブキはカイの死を知っている、サクが仇を討つためにシェルターに戻ってきたことも悟っている。それが意味していることは、一つだけ。
「奴らと手を組んだのなら、イブキがカイを殺したのか!」
知らぬ間に銃を構えていた。肩で息をし、彼の頭に狙いを定める。照準がぶれるが、興奮がやまない。殺した当人が彼でなくとも、REGと一緒になったのなら、反対派のリーダーであるイブキの命令である可能性は否定できない。
「やっぱりサクは、カイの仇討ちに戻ったんだな」
「答えろ! どうしてカイを殺した、なんで撃ったんだ!」
「俺の命令じゃないよ。まだ彼らと手を組む前のことだったからね」
「信じられない!」
弱ったなというように、イブキは耳元を軽くかいた。彼はサクと正反対に、まるで余裕の表情だった。
「落ち着いてよく考えてくれ、俺たちは耐性のある人間が欲しいんだ。カイは高耐性……もしくは超耐性の持ち主だった。反対派が殺すメリットなんてどこにもない」
必死にサクは頭を働かせる。彼は嘘を吐くことをなんとも思わない男であることが既に露呈している。この台詞も虚言かもしれない。
だが、イブキの言葉に頭の熱は一気に冷めていった。
「カイを殺したのは、当時のREGの人間だ。そいつは、カイではなくサクを殺すつもりだった」
あの時の光景が蘇る。肩を掴むカイの手の力強さ、自分を狙った銃弾に貫かれた身体。最期に微笑んで、彼は冷たくなっていった。
勝手な震えで指先が引き金を引きそうになっているのに気が付き、サクはようやく腕を下ろした。カイは自分を庇って死んだ。本当なら、殺されるのは自分だった。超耐性であることを知っているシェルターの者、いや、シェルターの偵察部隊に潜んでいたREGの者に、カイを殺す予定はなかった。
眩暈がして蹲りたいのを必死に堪えるサクに、イブキは憐憫の表情を向ける。
「任務中にきみを見かけたREGの人間は、すぐに行方不明の超耐性の少年だと気が付いた。彼らにとっては、超耐性など自分たちへの差別を助長する害でしかない。だから、殺そうとした」
知らぬ間に呻き声を発し、遂に立っていられなくなったサクは草の上に膝をついた。防護服越しに地面の感触が伝わり、混乱に浮かされた頭を少しでも冷ますため、ヘルメットを投げ捨てる。知っていた、カイは自分のせいで死んだ。あの時死ぬのは、自分のはずだった。最初から自分と出会わなければ、カイはまだ生きていた。
この一年、後悔と懺悔の念にうなされ、悪夢を見てきた。夢の中でさえ、カイは自分に恨みごとを吐かない。そんな優しい彼を死なせてしまった自責の念に、いっそ死んでしまいたくもなった。それを決行しなかったのは、カイが守ってくれた命だからという理由だけだった。
自分はいったい何をしているんだ。カイの仇も討てず、シェルターで命を長らえて、いいように扱われている。一年ぶりに吸った外の空気のうまさが余計にあの日々を思い起こさせ、頭と胸を締め付けた。
「……もし、カイの仇を討てるなら、俺たちの仲間になってくれるか」
静かなイブキの言葉を頭の中で噛み締め理解し、サクはようよう頭を上げた。
イブキが合図をすると、岩陰から防護服を来た人間が歩み出た。サクと同じ型の銃を握っている。目を見張るサクの前で脱ぎ取ったヘルメットの下から、男の顔が現れた。
「彼が、カイを殺した張本人だ」
あの時、咄嗟に撃ち返した相手の顔がそれだったか、サクにはわからない。ヘルメットの向こうの顔を認識するには距離があり過ぎた。
「おまえが、カイを殺したのか……」
冷たい夜風が髪を揺らす。その風に乗ったサクの言葉に、男は一つ頷いた。四十代ほどの短髪の男で、どこにでもいそうな印象の薄い平均的な顔だちだった。シェルター内ですれ違っていたとしても、記憶に残らない。
「巨大な異形が暴れていて、きみたちが戦っているのを陰から見ていたんだ。そこで、片方が任務中に行方不明になった超耐性の少年だと気が付いた。……あの髪の赤い男の子には、悪いことをしたよ」
銃を握りかけた手を止めた。男の握るショットガンの照準が、しっかりこちらを捉えていたからだった。
「彼の命は、サク、きみに預けるよ」
岩に預けていた背を剥がし、イブキが言う。
「三日後にこの場所で、答えを聞かせてくれ。彼を生かしてシェルターに残るか、仇を討って俺たちの仲間になるか」
何も言えないサクを残し、二人は背を向けて夜の中に消えていった。
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