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咄嗟に彼を撃たなかったのは、聞きたいことが大量にあったからだ。何も聞かずにみすみす殺すわけにはいかない。狼狽し、却って何も言えないサクを見据え、彼は右手の人差し指を立てた。
「一つ提案がある。サク、シェルターを出て俺たちの側につかないか」
「……俺たちの、側って」喉が乾いた感触がして、声が掠れてしまう。
「ワクチン開発への反対派、ひいては局への反対派だ」
「そんなこと、できるわけがない」
言い切ってから、本当にそうかと自分で自分に問いかける。自分はカイの仇を討つためにシェルターに戻ったのであって、決して局への忠誠心からではない。仮にその目的がなければ、二度と近寄りたくもなかった。しかし、だからといって局への反対組織に入る理由もない。
「本当に、イブキはリーダーなのか」
「証拠がないのが残念だよ。けれど、これまでの話が信憑性になるんじゃないかな」
「それなら、どうして反対派とREGは手を組んだんだ」
もし彼が真にリーダーなら、自分の疑問に答えられるはずだ。サクはそう踏んだ。
「ワクチンの研究所が爆破されて、捕まったREGのリーダーがそう言っていたらしい。けど、本来二つは反発する組織のはずだ」
「少し長くなるけど、まあいいか。最初は俺たちがREGに言い寄ったんだ。どちらも局に反抗心を持っている点で一致している。ワクチン開発を進め、人間をランク付けする局にね。だから、団結して一度政府を倒し、体制の作り直しを計ろう提案したんだ」
「そのぐらいで、協力関係になるとは思えない」
「ああ、そうだ。だから俺たちは下手に出た。一度局を崩せば、その後の処理はREGに任せ、反対派はそれに協力すると。俺たちはワクチン開発へ異を唱えているが、それ以上に、局の支配体系自体に疑問を持っているのだといった」
イブキはそばの岩にもたれかかった。サクは僅かに眉根を寄せる。
「局の体系なんて、イブキたちには関係ない。シェルターの外に住んでいるんだから」
「シェルターの連中は、あらゆる資源を独り占めしている。欲しいものが見つかれば、外の村や集落を破壊し強奪してきたんだ。サクも知ってるだろう」
口を噤むしかなかった。公にはしていないが、偵察部隊はそうした任務も遂行している。サク自身は参加したことはなかったが、村人がせっせと集めた資源や食料を奪い、抵抗した者は銃殺する。シェルターの周囲に村ができない理由はここにある。
「ワクチン開発への反対は手段の一つに過ぎず、本当の狙いは局の崩壊にあるんだと説明した。その点では彼らとも目的が一致したんだ。ウイルス耐性へのランク付けを失くすには、最早一から作り直すしかないからね」
人々の真髄に染み付いているランク付けへの意識を取り払う方法は、そこにしかないだろう。ウイルスに追いつめられながらも暴虐を尽くす局への反抗心が、二派で一致したのだ。
「俺たちは、シェルター内部の情報と人員を欲していた。だから彼らに声を掛け、後に方針を譲るという長期計画を持ち掛けた。彼ら……というより、彼らのリーダーは渋ったけどね、最終的には承諾して、メンバーに通達してくれたよ」
「REGは高耐性の人間を嫌っているはずだ。リーダーが承諾したからといって、あっさり従うとは思えない」
「そこが彼らの弱点だ」
立てた人差し指を軽く振る彼は、妙に嬉しそうに見えた。
「彼らには一種宗教的な部分もあってね。言わばリーダーは教祖、彼の言うことに間違いはない、必ず自分たちを幸福に導いてくれる。そのためわざと組織を小さくし、生涯を尽くして従う強い意志が見えた者だけ選んだんだ。閉ざされたシェルターで大規模な組織を作ったところで、内部事情が漏れるリスクしかない。選ばれた者は誇りと共に、リーダーに命をも捧げる覚悟を持つ。それに、自分が認められる居心地の良い場所から、人はそう簡単に離れようとはしない」
「……だから、リーダーが局を倒すため反対派と手を組むというのに、従ったんだ」
神を信じないサクには信仰心というものは微塵も理解できないが、いさかいの原因として報道されているのは目にする。狭いシェルター内にもいくつか宗教が存在し、あちこちで衝突しては事件を起こしている。
「じゃあ本当に局を倒せたとして、イブキは彼らに従うつもりだったの」
「まさか」彼は苦笑した。「彼らの協力を得るための狂言に決まってる」
とんでもない人間だとサクは思った。だが、自分たちの生活のために、罪のない人々を殺して奪うシェルターの人間とどちらがひどいのか。世界の救いのなさを痛感する。
「カルムも当然気付いていただろうけどね、彼にも自信があったんだ。俺たちなんて所詮はシェルターの外でたむろする一般人の寄せ集め、チャンスがあれば即座に自分たちが制圧して利用してやろうと思ったんだろう」
「嘘を吐き合ってたのか……」
「嘘、というものじゃない。本音と建前があるだけだよ。残念だが、カルムは望みを叶える前に死んでしまったけどね」
反対派に協力するようにという教えだけを残し、教祖は死んだ。反対派の一人勝ちの状況だった。
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