10

 再会の夜、イブキは言った。近々、俺たちは行動を起こす。もうすぐ満ちる月を見上げて彼の台詞を思い出し、サクはそれが間近に控えていることを悟った。

 数日前とまるで反対の位置で、サクとシズは向かい合っていた。シズには多少のやつれは見られたが、立ち居振る舞いは以前と寸分変わらず堂々としている。彼との面会を申請したサクが、どちらが言及される立場か分からなくなるほどだ。

「嘗てのカルムと同じ房に入るとは、まさに因果だな」

 シズは落ち着いた口調で微かな笑みすら宿している。閉塞感の強い窮屈な面会室で、彼の影は顎を撫でた。

「REGのリーダーは、自ら収監されたのでしょうか」

「私は当時のやり取りの詳細は把握していない。カルムにとっても予想外の逮捕だったようだが、今となってはそれも反対派が一枚噛んでいたのだろうな。カルムは主張の激しい男でな、想像以上に目障りだったのだと推測できる。超耐性に罪を着せて追放させるより、まず身近な邪魔者を排除しようとした」

「自分が騙されていたとは、カルムは気付かなかったのですね」

「気付いたとしたら、死ぬ直前だろうな」

 彼らへ同情する義理はないが、裏切りとは随分卑劣なやり方だと思う。飄々としたイブキの考えは底が知れない。

「私を、恨んでいるか」

 変わらず笑みを宿した顔で、上官は静かにそう言った。背後の扉の脇に監視役がいるのにも関わらず、この部屋にたった二人きりで向かい合っているようにサクは感じた。

「いいえ」

 シズの行動は憎らしい。だがその動機を知ってしまえば、「はい」という一言は出なかった。

「管理官は、なぜ自分の罪を認めたのですか」

 彼はあのまま逃げ切ることもできた。会議が終わるまで黙っていれば、全ての罪をサクに押しつけ、知らんふりすることができたはずなのだ。それが今、サクの抱く一番の疑問だった。

 沈黙の間、二人は互いに目を逸らさずにいた。背筋を伸ばし、じっと自分を見つめるサクに、シズはふっと軽く息を吐く。

「家族という言葉が出たからだ」

 カイのことをたった一人の家族と称したことを、サクもシズも覚えていた。

「それは、家族のために局を裏切った私の心の根源と、似たもののように思えた。だから、失う悲しみは僅かながらも想像できる。家族を殺された復讐を果たせなかった者へ冤罪をかける罪に、私は耐えられなかったのだ」

 シズの言うものは、罪悪感や同情心とも違う場所にある感情のようだった。

「ご家族は、今どうなっているのですか」

「これは全て、私が一人で行ったことだ。そう主張するしかない」

 彼の処罰はまだ決定していない。その罪が少しでも軽く済み、家族三人で暮らせる日がくればいい。サクは切に願いながら、話を切り出した。

「お願いがあって、ここに来ました」

 これから彼の力が不可欠だ。そう思ったから、面会を願い出た。

「僕と一緒に、戦ってください」

「戦うとは」

「反対派のリーダー、イブキは、恐らく三日後に攻撃を仕掛けます」

 シズの目が細められ、無意識に身を乗り出す仕草をする。長年、偵察部隊を指揮してきた彼には染み付いた動作なのだろう。

「根拠は」

「旅をしていた時、イブキ本人から聞きました。彼らの観測によると、満月を迎えるとき、異形は最も力を得るそうです」

「それとどういう関係があるんだ」

「彼らがシェルターに異形を送り込むとしたら、三日後です」

 シズは笑い飛ばさず、真剣な表情で腕を組んだ。そこにサクは重ねる。

「外で暮らす彼らは、地下で暮らす局の人間より、異形の生態にはずっと詳しい。操ることはできなくとも、けしかけることは可能だと思います。それに、もしかすると……」

「奴ら自身が異形化する可能性もあるか」

「耐性があるといえど、超耐性ではない。発症して異形化した人間を送り込むなら、きっと満月の晩に行います」

 シズは考え込み、サクも自分の考えがぴたりと当たるかは半信半疑だ。そんな事態が起きないのが一番だが、最もリスクが高いのが、三日後だった。

「いずれ彼らと相対するなら、それまでに掃討を行う必要があります」

「三日後の晩までに、か」

 サクは頷いた。既に上にはこの話を聞かせており、侵攻の是非は検討中だ。攻撃を仕掛けるなら十分な準備をという声と、彼らが三日後にシェルターへ侵攻する可能性を考慮し先手を打つべきという声が上がっている。これまで後手に回り続けた苦渋から、今度こそはと後者の意見が強まっていた。

「シズ管理官がいてくれれば、みんな心強く思います」

「それは買い被りすぎだ」

「僕らはあなたの指揮で戦ってきました。経験の浅い上官の指揮は、僕らの不安を駆り立てるだけです」

 シズは机上の指揮だけでなく、隊員として現場でも多くの経験を積んできた過去がある。だからこそ彼の指揮は説得力を持ち、偵察部隊員の支えになるのだ。

「管理部は僕に負い目があります。それに、超耐性かつイブキの居場所を知っている僕を作戦から外すわけにはいきません。僕は参加と引き換えに、指揮官を選ばせてもらいます」

 見つめ合うというよりも、睨み合うような緊迫した空気が満ちる。臆することなく、サクは上官から目を逸らさずにいた。やがて、シズの瞳が微かに緩むのを見た。

「私に交渉……いや、命令をするようになるとはな」

 今のシズの立場では、サクの提案を無下にすることはできない。いずれ管理部から直々に通達も出るのだ。それがサクの口から出ただけのことだった。

「承知した。任務を全うさせてもらう」

 万が一を考えていたサクは、シズの言葉にほっと息をつく。ぐずぐずと説得に苦労している時間は残されていなかった。

「その優しさが命取りにならないよう、くれぐれも留意するように」

 シズが次の任務で功績を上げれば、きっと減刑の役に立つ。そうした思惑の存在も見透かされるのは、なんだか居心地が悪い。ばつの悪い顔をするサクに、シズは微笑を返した。

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