8
「……そうだ、もう一人いた」
サクの言葉に、ニナが「えっ」と小さく声をあげる。サクはテーブルに置いた袋から、古い携帯電話を取り出した。自室で光は当てておいたが、起動するかはわからない。
「なんですか、それ。携帯電話……?」
彼女は、なぜサクがそんなものを持っているのか全く分からないという風だ。カップをテーブルに置き、まじまじと見つめている。
もう長い間、ミオとは言葉を交わしていない。ほんの短い間だけ、自分たちの旅の目的となった相手。彼女にいつか会いに行くと決めたのが、随分遠い昔のようだ。
呼び出し音に、ニナはびくりと身体を震わせた。まさかこれが動くとは微塵も思わなかったに違いない。
「それ、どうして……」
「あ、繋がった?」
久々に聞くミオの声が、サクがテーブルに置いた携帯電話から流れる。
「どしたの、もう長いこと電話くれなかったじゃん。全然繋がんないし。すっかり忘れられてると思ってた」
困惑するニナが携帯電話とサクを交互に見やる。サクは電話に向かい、「それどころじゃなかったんだ」と伝えた。
「えっと、その声は……サクだ! でも、一度ぐらい出てくれればよかったのに。元気? カイは近くにいるの」
「カイは、死んだよ」
しばらく電話の先の声が絶えた。絶句するミオに、サクはこれまでのことを語った。カイの死も、自分がシェルターに戻ったことも、そこで起こった事件のことも。サクが語り終えた頃には少し落ち着いたのか、彼女は涙の滲む声でやっと返事をした。
「……大変だったんだね。カイ、死んじゃったんだ」
サクは肩を落とし、力のない眼差しで携帯電話を見つめる。彼女に伝えられてよかったと思った。彼がまだ生きていると信じ、誰も出ない電話をかけ続けるのは悲しいことに違いない。
「そう。死んだよ。僕のせいで」
「そんなわけないじゃん! サクは悪くない。殺したやつが悪いに決まってる!」
「でも、僕と出会わなかったら、カイは死んでなかっただろ」
サクの台詞にミオは息を呑んだようだが、すぐに勢い込む声が流れた。
「なに、じゃあ最初から出会わなかったらよかったとか、サクは思うの?」
「……わからない、でも」手で顔を覆う。「出会えなくても、死んでほしくなかった」
自分を呼ぶ細い声は、ニナのものだった。手を離すと辛そうな彼女の顔が見え、更にミオの声が聞こえる。
「きっと、カイはサクと出会えて幸せだったよ。大切だから、サクを庇ったんだよ!」
「わからない、カイも幸せだと思ってくれてたのか」
「そんなこと言ったら、カイが可哀想だよ」
「僕は足手まといだった。ずっと後ろをくっついて、頼りっぱなしだった。役に立てたことなんて、一度もない」
「何言ってんの」ミオの声は怒気を孕んでいるようにも聞こえる。「カイが体調を崩した時、サクが一人で食べる物を探しに行ったんでしょ! 十分役に立ててるじゃない」
「あんなの、大したことじゃない」
時が経つにつれ、サクには自信がなくなっていった。自分と同様に、彼がこちらを必要としてくれていたのか、わからなくなっていた。それはカイを疑う裏切りの心だと自分を叱ったが、一度瓦解した気持ちはみるみる悪い方向に転がっていく。
両膝をきつく握りしめ、サクは苦しい胸で呼吸をする。
「カイは優しかった。だから、僕の面倒をみてくれていたんだ。僕が僕じゃなくても、きっと優しくしてくれた」悲鳴のように口から言葉が溢れてくる。「こんなこと、考えたくない。僕にとって唯一の家族を疑いたくなんてない! けど、そう思ってるのは僕だけなんだ!」
「ばか!」
サクの声と同様、ミオの声にも涙が滲んでいた。
「サクの大馬鹿! カイにとってのサクも、家族だったんだよ!」
「それはカイの……」優しさだと言いかけた言葉を、ミオがかき消した。
「あの雨の時、電話の向こうでカイは言ってた。サクは、誰よりも大事な家族だって」
ミオの言葉に、胸の中がぐしゃぐしゃになる。彼を疑う罪悪感が溢れ、彼を信じたい本心と混ざり、ミオの語る真実がかき乱す。
「一番怖いのは、サクを失うことだって。サクにだけは、生き続けてほしいって!」
耐えられない熱がこみ上げ、サクの瞳から零れ落ちた。一つ流れるともう止まらず、次から次に大粒の涙が頬を滑る。嗚咽が漏れ、今まで胸中にしまっていた想いが洪水のように溢れ出た。
「カイは眠る前に言ったんだよ。出会えてよかったって!」
サクは声をあげて泣いた。自分のいないところで、彼はそう言ってくれていた。カイの気持ちを疑った自分は、本当に大馬鹿者だ。しかしそれ以上に、安堵の気持ちと二度と会えない悲しみがこみ上げ、サクは小さな子どものように泣き続けた。
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