17
ずしんと大きくトンネルが揺らいだ。砂埃がぱらぱらと宙を舞う。異形がトンネルから僅かに身を引くと、勢いよく突進し体当たりをする。再び轟音とともに、ボロボロのトンネルは破片を内部に降らせる。
「あいつ、このトンネル崩そうとしてんのか」
すっかり諦めてくれればと願っていたが、異形の執着心は並のものではなかった。トンネルを崩すという知能がなくとも、無理に入り込もうとしているのかもしれない。巨体が体当たりを繰り返せば、そのうち脆いトンネルは崩れてしまう。石の塊に押しつぶされれば、人の身体などとても無事ではいられない。
「一か八かで出る?」
サクの当惑する声に逡巡する。隙を見て脱出するしかないが、今度は相手が優勢だ。近づいた途端、あっという間に叩き潰されるだろう。煙幕を張ったところで、出口を塞ぐ異形の脇をすり抜けねばならない。二人とも無事でいられる保証はない。
保証などはなからありはしないが、カイは背後を振り向いた。瓦礫が散乱しているが、この隙間を抜ければ向こう側に出られるかもしれない。
「反対に抜けよう」
「でも、崩れるかもしれないよ」
「崩れる前に抜けるんだ」
力強い声に、サクがごくりと唾を呑む音が聞こえた。異形は吠えたり引っ掻いたりを繰り返しながら、トンネルに攻撃を続けている。
「サクから行ってくれ。おまえの方が身体が小さい」
わかったと返事をし、サクは背負っていたザックを下ろした。荷物など、安全が確認できてから回収すればいい。回収できなくとも、命より惜しいものはない。ショットガンを背にかけ、サクが瓦礫を踏みしめ手探りで歩き始めた。奥に行くほど微かな光も失われていく。まるで真っ暗闇に吸い込まれてしまう気がする。
カイもすぐ後に続き、手も使って瓦礫を上り下りしながら闇の中を進む。先を行くサクが僅かな隙間を見つけ、身体をねじ込み、時には這って奥へと進む。果たして出口に出られるのだろうか。不安がカイの胸いっぱいに広がる。後戻りもできなくなり、このまま崩れて生き埋めになる未来がよぎる。
ぐらぐらとトンネル全体が揺れ、ガラガラとどこかの崩れる音が聞こえる。自分の指先すら見えない暗闇と閉塞感に、息ができなくなる圧迫感を覚える。だが、前方からは確かにサクの息遣いが聞こえ、懸命に前進する音が届くから、なんとか冷静さを保っていられる。
最早トンネルの形態は残っておらず、瓦礫の隙間を縫っているだけだった。限界を迎えたのか、積み上がった瓦礫があちこちで崩壊する音と振動を感じる。
「駄目だ、これ以上進めない!」
暗闇でサクが声をあげた。ほんの僅かな隙間から細い光が漏れている。外界はもうすぐそこなのに。
振動と共に重なっていた瓦礫が崩れ、バランスを失ったカイは傾いた足場を滑り落ちる。闇に飲み込まれる感触に背筋が凍った途端、その背をぶつけた。狭い隙間にはまり込んでしまったことにぞっとした時、目は強い光を捉えた。
手を伸ばせば届く場所に、穴が空いている。懸命に瓦礫から這い出し、小さな隙間に手を差し入れると、外の涼やかな風が触れた。
「サク、こっちだ! 出られるぞ!」
「こっちって、どこにいるの」
「こっちだ、俺の声がする方に下りてみろ」
両腕で引きずる身体を隙間にねじ込み、カイはやっとのことで外に這い出した。すっかり潰れたトンネルの向こう側に空いた穴だった。
何度も呼んでいると、土に汚れた細い腕が穴の中から生えてきた。それをしっかりと掴み、カイは外へと引っぱり出す。より身体の小さな彼は、二、三度強く引くとなんとか外へ脱出した。
土埃で顔も手足も汚れた二人が息をついたとき、一際大きな轟音が辺り一帯に響いた。地面が振動し、トンネル全体が崩落する。さっき出たばかりの穴も潰れ、異形の吠える声も聞こえなくなった。瓦礫をよじ登り辺りを見渡すと、異形の姿はそこになかった。トンネルに突っ込んだ勢いで崩落に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになったらしい。右手には木々の向こうに切り立った崖があり、反対には木立が続いている。見上げると真っ白な空にはいつの間にか雲が敷き詰められ、ぱらぱらと小雨が降り出していた。
「潰れたのかな」
瓦礫の上でほっと息をつくサクが目を見張った。ぐらぐらと足場が揺らぐ。覚束ない足元が傾き、ガラガラと音を響かせて、瓦礫の中から異形が姿を現した。身体のあちこちがべこりとへこみ、灰色の毛皮を血に染めた獣は、せめてひと齧りだけでもしようと、目前の獲物の頭に大きな口を開けた。
彼の襟元を引き倒しながら、カイは構えた銃の引き金を引く。一発の銃弾は、異形の喉元に真っ直ぐ吸い込まれていった。
最後の一撃を喰らった異形は絶叫し、倒れ、瓦礫の山を転げ落ちた。しばらくカイはそれを見下ろしていたが、二、三度呻った獣はやがて動かなくなった。
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