15

 深夜を待ち、サクは地下三十二階の予定したルートを通り、アサギの部屋を目指した。もう一晩じっくり計画を練るべきだとは思ったが、明日の晩は既にイブキとの約束の日だ。彼自身が部屋に居ない可能性が高い。

 住民たちの居室には、空気を循環させるためのダクトが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。そのため多くの住居は同じ高さかつほぼ同じ広さをした、代り映えのないものだ。間違えないよう気をつけなければならない。

 ダクトはサクが身をかがめて通り抜けられる大きさがあった。腰に手を当て、そこに拳銃があるのを確かめる。一年間探し続けた相手を、もうすぐ殺すことができる。足音を消し、黙々と目当ての部屋を目指した。

 区画に間違いはない。ダクトと部屋を区切る格子を覗き込むと、部屋の中がうっすらと見て取れた。常夜灯が灯っているらしい。教わった間取りによれば、ここが寝室の真上だ。

 四つん這いになり覗き込んで、硬そうなベッドと裸足を見つけた。深夜二時、アサギは警戒することもなく眠っている。上着から引き出したドライバーを使い、ネジを緩める。銃で撃ってもいいが、狭いダクト内で跳弾すればこちらが大怪我を負う。地道に換気口を外し、いよいよ部屋の中に飛び降りた。

 物音に気付いたのか、男が身じろぎする。明かりを点けようとサイドテーブルに載った電気スタンドに手を伸ばした。

 偵察部隊で訓練を積んでいた男は、たちまち異変を察知すると毛布を蹴飛ばして飛び起きた。彼が完全に覚醒する前に、サクはベッドから下りる足を払い、口を塞ぐようにして男の頭をそばの壁に叩きつける。床に落ちた拍子にスタンドの電源が点き、眩い光が二人を照らす。

「暴れるな」

 左手で男の顔を抑え、右手で抜いた拳銃をそのこめかみに押し付ける。片膝をつき、覆いかぶさるように相手を押さえつけ、サクは低い小声を続けた。

「暴れた瞬間に撃つ」

 男は肩で息をしつつも、すぐに落ち着いた様子で頷いた。だが、隙あらば形勢逆転を狙っているに違いない。油断せずいつでも発砲できる状態を保ちつつ、男が首をしきりに動かすのに気が付いた。銃を突きつけたまま、話せるよう左手を離した。

「……私は、後悔している」

「どういうことだ」

「彼を死なせてしまった後悔だ」

 彼というのはカイのことだ。男が囁くのは、助けてほしいという懺悔ではなかった。

「関係のない彼を殺してしまった」

 それは、ターゲットであるサクなら殺すつもりだったという意味だ。加えて、もしもカイが超耐性だと知れば、彼はその後悔すら失い、殺してよかったと言い出すだろう。自分が狙われた怒りよりも、理解できない彼らの信条に憤りを覚える。

「おまえらは、耐性のある人間なら、誰でも殺していいと思っているのか」

「私たちを差別した報いだ。誰も罰を与えないのなら、誰かがやらなといけない。……そうか、あの子も旅をしているのなら、高耐性には違いないな。それなら、殺しておいてよかった」

 サクは拳銃のグリップで男の頭を思い切り殴った。男の身体が傾ぎ、ベッドの枠にぶつかる。許せない。こいつは絶対に許せない。

「何が差別だ、耐性なんてただ持って生まれただけのものだ。誰かを殺していい理由にはならない」

「おまえらには死ぬまでわからない、私たちの苦しみは」

「何を言ってるんだ、偵察部隊に入っているなら、おまえこそ高耐性じゃないか」

 一般人よりもリーパーへの耐性が高くなければ、そもそも偵察部隊に入ることは不可能だ。男は恨めしげにサクを見上げた。

「私には、彼らの痛みがわかる。だから選ばれたんだ。獣たちの中にありながら、私は特別に許されたんだ」

「わけのわからないことを言うな。自分だけを差し置いて」

「超耐性のけだものめ」

 男は視線に憎悪を込める。

「おまえがのこのこ戻ってきて、あっさり迎え入れられたのも、局が超耐性などを優遇しているおかげだ。そこにも差別の根源がある」

 何もかもを、彼らは差別に結び付けるつもりだ。その苦しみをサクは理解できないし、男との会話で理解できる気もしない。

「だから、遠くないうちにおまえも殺すつもりだった。計画を練っていたんだ。ふざけた獣のくせに優遇されている超耐性など、許せるはずがない」

「だが、おまえらのリーダーはもういない」

 男が飛び掛かる気配を見越し、サクはその腹を上から蹴りつけた。尻を落としたままの上半身を腕で壁に押さえつけ、銃口を喉元に突き立てる。

「カルム様も困ったお人だ。反対派と手を組み、協力するように言い残すなんて。……いずれ奴らも私たちの配下に落ちるはずだったのに」

 やはりイブキの言っていた通りだ。REGは協力関係の反対派をそのうち支配下におくつもりだった。

「殺したいなら殺せばいい」

 アサギという男は頬を引きつらせてにやりと笑う。

「地獄で待ってるぞ」

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