6
イブキに近くの村落の場所を教えてもらい、朝早くに出発した。天気は良く、高く澄んだ青空が頭上に広がっている。ウイルスのために多くの人が命を落とした結果、自然は豊かさを取り戻したのだと嘗て老人は言っていた。リーパーの蔓延る世界しか知らないカイにはピンと来なかったが、あの街にもぎゅうぎゅうに人が住んでいた時代があったのだ。現在とはまるで違う世の中なのだとは容易に理解できる。
村はそう遠い場所ではなかった。太陽が南中を過ぎた頃には到着し、唯一の宿屋に足を運んだ。丸太を組み合わせた頑丈な造りの建物は、昔は別荘として使われていたという。
二十軒ほどの民家が身を寄せ合い、合間の畑では作物が青々とした葉を茂らせている。飼い犬や猫が闊歩している風情から、比較的長閑で余裕のある村なのだろうと予想がついた。食用でないのなら、余裕がなければ動物など飼えやしない。
商店に赴き、異形や獣から剥いだ毛皮や牙を渡した。異形と満足に戦う術を持たない人々にとって、狩りに出ることは容易ではない。あらゆる素材を彼らは歓迎してくれる。当の店主も同様で、銃弾や保存食を気前よく交換してくれた。
「あー、そうだ。おっちゃん、このネックレスに見覚えある?」
カイが目配せすると、サクは腰のポーチから銀色のネックレスを取り出して掲げてみせる。老店主は手にしたそれを目を細めて眺めていたが、やがて首を横に振った。
「いんや、見たことねえなあ。これも売るのかい」
「違う違う、これは売らないよ」
カイが笑って否定し、慌ててサクが受け取った。
「異形を捌いてて、腹の中から見つけたんだ。もしかしたら、喰われた持ち主の知り合いや家族がいるかもしれないと思って」
「喰われた奴なんか、ごろごろいるからなあ。この村でも、行方不明になった奴はきっと喰われちまったんだろな」
「そんじゃ、そこを当たってみるよ。持ち主が分かればラッキーだ」
店主は三軒の家を教えてくれた。ふた月ほど前に狩りに出た者たちが行方知らずになったという。彼らの遺品であれば、家族には見分けがつくだろうと言った。
礼を言って店を出て、教えられた家を順繰りに訪ねた。一軒、二軒と家人にネックレスを見せるが、彼らは一様に知らないと首を振った。
「やっぱり、難しいね」
「そうだなあ。そういえば、あの街の連中に聞くの忘れたな。今朝にでも聞いときゃよかった」
二人は期待せずに最後の家を訪ねた。横の畑で遊んでいた女の子に声を掛けると、彼女は家に入り母親を呼んできた。エプロンをつけた母親は、サクが手渡すネックレスを見ると目を見開き、絶句した後に声を震わせた。
「これは、私の父の物です」
思わぬ言葉に顔を見合わせる二人に、彼女はネックレスを差し出し、青い石の裏側を見せた。これまで気付かなかったが、銀の台座には、うっすらとMの文字が彫られている。
「私の娘のイニシャルです。父は、孫が大きくなったら、これを譲るつもりでした。だからこの文字を台座に彫ったんです」
彼女は傍らの娘をミヤと呼んだ。母親にしがみつく五歳ほどの女の子は、興味津々の眼差しで見知らぬ旅人を見上げている。
「どこで、これを見つけたんですか」
その台詞に込められた一縷の望みに気付き、サクが口ごもる。
「異形の腹の中から」
代わりにカイが返事をした。帰って来ない人をいつまでも待ち続ける苦しみを、彼女たちから取り除くべきだと思った。
カイの言葉は想定内だったのか、母親は思い詰めた表情をしつつも取り乱すことはなかった。指先でそっと青い石をなぞり、瞳を潤ませて一礼した。
「ありがとうございます。狩りに出かけた父が、怪我をしてどこかで苦しむ悪夢に、何度もうなされました。却って安心いたしました」
娘の頭を優しく撫で、彼女は涙声で礼を述べた。
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