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 辿り着いた廃墟群は随分と広い土地の上にあった。コンクリート張りの道路の上に、高いビルが所狭しと並んでいる。閑散とした歩道には朽ちた車や瓦礫が転がり、生き物の影はない。

 だが、遠くからぞっとする咆哮が響いた。低く太く空気を揺るがす異形の吠える声だ。異形の周りには異形が集まる性質があるが、あの咆哮が仲間を呼んでいるのかもしれない。地を這うような、恐ろしい絶叫だ。

 山を抜けた二人は、銃を握って廃墟の道を歩いていた。割れたコンクリートの隙間から青い草が伸び、建物にはツタが巻きついている。閑散とした廃墟群は、燦々と照り付ける日光を浴びて自然に還りかけている。幅の広い道路の中央では、打ち捨てられた電車が線路の上で朽ち果てていた。窓枠から車内を物珍しく観察した後、道の脇にぽっかり空いた大きな穴を見つける。地下鉄の存在を、カイは育ての親から聞いて知っていた。ここはその出入口だろうが、今は下一メートルの深さまで水に浸かっている。無風の中、暗い水の中に地下へ下る階段が見えた。

 水面が揺れ、カイは銃の引き金を引いた。水の中から飛び出した異形は銃弾を顔面に受け、ばしゃんと音を立てて水の中に沈む。日光に照らされた水がゆっくりと赤く染まり、周囲は再び静かになった。

「魚が水から飛び出るようになるとはな」

 一瞬、著しく発達した筋肉質なひれが見えたのに感心する。

「あっち、丘があるよ」

「のぼって街の様子見てみるか」

 サクが指さした方角には、一段高い場所に灰色の建物が見えた。あそこからなら街の規模も把握できるに違いないと、二人は歩き始めた。


 緩やかな坂道を上る間に、二体の異形を倒した。どちらも巨大な鼠に似た風貌をした灰色の化け物だった。その鼻先をカイは銃口でちょんちょんとつつく。

「鼠はなあ、いざとならないと喰いたくないよなあ」

「贅沢言うなよ。……まあ、この鼠は美味しくなさそうだけど」

 丘の上には長方形の大きな建物が三棟並び、そばには小柄な建造物も幾つか覗えた。手前の錆びた門は中途で開き、左右にがっしりとした門柱が立っている。

「学校だって」

 門柱についた苔や土をナイフの先でこそげ落し、サクがそこに書かれた文字を見つけた。

「随分でかいなあ」

「ここにたくさん人が来てたんだ」

 カイが今まで目にした廃墟の学校の中では、最も大きな部類だった。今は周囲を草に覆われ、校舎の一棟はごっそりと抉れるように崩れている。二人は滅多に見ない光景に周囲を見渡しながら、門を抜けた。

 原型が残り、崩れる不安のなさそうな一棟に入ると、中には長い廊下が伸びていた。片側の窓ガラスは一枚も残っておらず、床は土や埃にまみれている。外から窓枠を数えた限り五階建てで、中央では巨大な時計の文字盤を掲げた塔が、堂々と空を突き刺していた。

 パラパラと砂埃が降ってくるのに身構える。突如、轟音とともに真上の天井の一部が崩れ落ち、黒い塊が廊下に落下した。咄嗟に前方に飛んだ二人は、振り向きつつショットガンで攻撃を加える。弾は、こげ茶色の毛皮を持つ異形の片目と腹を直撃した。見上げる大きさの熊型の異形は、二本足で立てばゆうに天井を突き破るだろう。狭い廊下で衝突すればこちらが粉々になってしまう。

 カイは更に銃撃を加えながら、近くの教室に飛び込んだ。後から飛び込むサクが入口の脇に転がり込み、壁に背を当てている。

「おい、こっちこい!」

 もっと奥へ逃げるようカイが促した途端、ドア枠を破壊しながら異形が部屋に突進した。机や椅子をなぎ倒し、正面の壁に激突し、コンクリートに大きなひびが入る。砂埃の中でこちらを向く影に銃を構えた時、異形が鼓膜を破るような大声を上げて身を反らした。

 背中から飛び乗ったサクが異形の太い毛皮を左手で掴み、右手に握ったナイフをその眉間に突き立てていた。熊は後足で立ってのけ反り、その拍子に頭を天井にめり込ませる。サクが床に転げ落ちるのを確認し、カイは異形に狙いを定めた。

 三発が腹と胸、一発が首に命中し、巨体は轟音とともに倒れ込んだ。リーパーに感染し変異した熊は、やがて動かなくなった。

「おまえさあ、ビビらせんなよ」

 まさかあの近距離でナイフを使い、異形を突き刺すとは思わなかった。サクは苦労して熊の眉間からナイフを抜き取り、毛皮で血を拭いつつ、「熊は顔が弱点だから」と言い訳じみたことを言う。

「なんにせよ、助かったんだし」

 相棒は普段慎重派なくせに、たまに思い切りの良さを見せる。頼もしいと同時に、時には見ている方を冷や冷やさせた。今は後者の感が強いが、彼の行動がなければ更に苦戦していたに違いない。カイは横たわる熊に視線をやり、「今日の飯はこいつだな」と笑った。

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