12
熊の咆哮を聞いて、異形が集まらないとも限らない。二人はさっさと散策を続けることにした。校舎のあちこちにボロボロの本やノートが残っていたが、旅に必要な物ではなかった。それでも珍しい場所に変わりはなく、興味深く見回っている内に、最上階に辿り着いた。
階下と変哲のない教室の並ぶ階で、これより上は時計塔の内部に入るようだ。この街全域、人の手で荒らされた形跡が極端に少なかった。盗難ではなく、自然に晒されて荒れ果てる最中であり、道中の商店では蓋の空いていない缶詰がいくつも転がっていた。旅人にまず盗まれるべき保存食がそのまま残っているのは、異形を恐れて人が立ち寄らなかった証拠だろう。
「広い街だな。ずーっと続いてるぜ」
窓枠の外の景色を見てカイが感想を告げ、サクも丘の下に広がる街を見下ろす。
「全部見て回ったらきりがないと思うけど、いつまでいる?」
「面白いけど、まあ一晩だろうな。あんな熊がうじゃうじゃ出てきたらたまんねえ」
廃墟と化した街には静謐ささえ感じた。危険な異形があちこちを闊歩しているだろうが、遠目に見る分には人工の儚さと自然の力強さが印象深い。街は建物が並ぶ前、遥か昔の様相へ、ゆっくりと戻っていくのだ。
涼しい風が吹いてきて、二人はしばらく窓の外を見つめていた。やがてサクが歩き出し、その足の下で砂利が擦れて微かな音を立てる。
「カイ、これ」
その声にカイも外から中に視線を移した。教室の後方に立ち止まるサクが、右手に何かを握っている。
「不用心に変なもん触るなよ」彼の元に歩み寄り、カイは眉根を寄せた。「なんだそれ」
「確か、携帯電話っていうんだ。シェルターで見たことがある」
「ふーん。何ができるんだ」
サクは右手に長方形の小さな機械を握っていた。列を成すボタンには掠れた文字のようなものが描かれているが、はっきりとは読み取れなかった。
「小型の電話だよ。ボタンにそれぞれ番号が振られてるから、相手の電話の番号を打ち込むんだ。そしたらこの機械越しに話ができる」
シェルターの外ではとうに電話は使えなくなっていた。カイにとっては、この箱で話ができるというサクの言葉がにわかに信じられない。
「無線ってやつと同じか」
「無線よりも便利だと思う。細かいことはよくわからないけど」
「でももう動かないんだろ」
サクはボタンをぽちぽちと押してみたが、隙間から砂が零れるだけで当然の如く機械は反応しない。カイはシェルターの人間が防護服を着て、資源を再利用するためあちこちを漁っている話を聞いたことがあった。まるで蟻が巣に餌を運んでいくようなものだと思ったし、この機械も採集の対象に違いない。偶然見落とされたのか、そもそもここまで人が来なかったのか。
「充電したら、動くかも」サクが携帯電話をひっくり返すと、裏には銀色の板が張り付いていた。「リーパーが流行って電力の供給が難しくなった頃、太陽光で発電できるように改造した物が多かったんだって」
「そんでも、とっくに壊れてるって」
そうは言いつつ、珍しい機械を目にしたカイも興味をそそられていた。万が一、これが動くとすれば見てみたい。二人は日の当たる場所の机に、携帯電話を置いた。
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