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「私は、彼の潔白を信じています。そもそも、依然として不可解な点が多数残されています」

 研究開発者とはいえ自身より遥かに若い少女の口出しに、管理部の面々は一様に顔をしかめた。

「まず、彼のアリバイに関してですが、管理部から呼び出しがあったと主張しています。そのため、彼は部屋を出ていました。そして後に通信履歴は抹消されていたとのことです」

「呼び出しなんぞいくらでも作り話ができる。最初からそんなものは存在しなかったんだろう」

 一人の反論に、彼女は頷いてみせた。

「疑問は仰る通りです。彼の同室の者に確認を取りましたが、彼が出かける際、通信機の画面までは確認しなかったとのことでした」

 ムジのことだ。ニナはムジにまで話を聞きにいったらしい。

「しかし、本当に事件を起こすつもりなら、わざわざ自分のアリバイを失う行動を取るでしょうか。反対に、アリバイを作る方へ動くべきではないですか。一人だけ夜中に外出する現場を、同室の者に易々と見られた上、すぐに露呈する嘘を吐くでしょうか」

「……偶然気付かれただけだろう。咄嗟に浅はかな嘘を吐いたに違いない。今更計画を変更できず、仕方なしに外出したんだ」

 苦しげな誰かの台詞に、周囲が同調するように頷く。その様子を見やるニナが自身を落ち着けるように、小さく息を吸って吐いたのがサクだけに見えた。

「わかりました。では、更に一つ。私は部屋に残されていた壊れたアンドロイドを調べました。それは、我々の研究所で二年前に処分されたものと一致していることが明らかになりました」

「処分……どういうことだ」処分されたものが存在している。不可解な話だった。

「二年前、アンドロイドの保管場所に部品が散乱していました。そこにあった当時の完成品は跡形もなくなり、調査の結果、何者かに破壊されたのだと処理されました。散乱していたのが、そのアンドロイドに使用していた部品と同じものだったのです。結局犯人はまだ不明のままですが、その場で跡形もなく破壊されたものとみなされました」

 場が静まり、誰もが彼女の情報を処理しようと懸命になっているのが肌で感じられる。てっきり、アンドロイドは明らかに盗まれたのだと理解していたのだ。

「本当は破壊されたのではなく、盗まれたのです。誰かがあのアンドロイドを破壊したと見せかけ、本体を盗んでいったのです。だから私たちも、どこかでまだ活動しているとは予想だにしませんでした」

「それが二年前か……」

 誰かが苦々しく呟き、ニナははっきりと頷いた。

「二年前、彼はシェルターの中にはいませんでした。アンドロイドを盗むことは不可能です。この件は事件として処理され、日付の記録も残っています」

 サクは唖然として彼女を見上げた。全く想定していない話だったし、それは他の面々も同じなようで、顔を見合わせてざわついている。つまり、サクがアンドロイドの横流しの犯人でなければ、内部に別の犯人がいるということなのだ。

「犯人の目星は」

「当時の捜査では、判明しませんでした。ですが内部の事情をよく知っている者だと推測されています。周囲に動揺を与えないようにとの指示から、捜査の規模は極めて小さなものでした。管轄外の皆さまが把握されておらずとも、仕方のないことかと思われます」

「それでも、完全に犯人と切り分けられるわけじゃない」誰かが尚もそう発言する。「シェルター内に侵入して盗んだ可能性もある」

「彼がアンドロイドを盗み、シェルター内のREGに渡したとして、その居場所を把握していないことがあるでしょうか」

 ニナが臆することなく男たちを見渡す。全員の視線が彼女に集中し、次の言葉を待っている。

「彼は、アンドロイドの居場所を探っていました。恐らく破壊するためでしょう。フロアの管理室にて、アサギと称する隊員の居室の照会を行っていました。室長の証言も得ています」

 まさかそこまで調べていただなんて。昨日、サクがアサギの居場所を知らなかったことを彼女が確認した記憶が蘇る。居住区に疎い彼が調査を行うのに最適な場所を、彼女は推測し見事当ててみせたのだ。

「そして彼はアサギ……アンドロイドを破壊するため部屋に侵入し、反対派のリーダーと鉢合わせました。もしも彼がREG及び反対派の一員であり、アンドロイドの盗難や爆発事件に関与していれば、先日の発砲事件を起こしたりはしないでしょう。不都合な証拠を消すためにアンドロイドを壊す必要があったとしても、その居場所がわからないことがあるでしょうか」

 ニナは両のこぶしを強く握り、最も訴えたいことを口にする。

「誰かが彼を陥れたのは明白です。偽の通信を行い、爆発犯の疑いをかけ、反対派との関係を周囲に疑わせたのです」

 しばらく静まった場は、再び俄かにざわめいた。彼女がこれほどまでサクの潔白を証明する事実を集めるとは、誰も想定しなかった。それはサクも同様で、驚きを秘めて彼女を見つめていた。

「誰かとは誰だ。それに、そいつは何故、アンドロイドの部屋に侵入したんだ」

「……きっと、戦犯は反対派のリーダーです。彼らに逆らうべく、アンドロイドを破壊しようとしたのだと推測します」

 歯切れの悪い彼女の返答に、周囲は疑心をあらわにする。年若い少女に圧倒された自身が恥ずかしかったのかもしれない。

「いくら理論立てても、推論ではな」

「推論ではありません、事実です。誰かが、きっと……」

「その誰かを連れてこいと言っているんだ」

 無茶苦茶だ。サクを陥れた犯人を直接的に捕える力など彼女にはない。その「誰か」がここにいれば、そもそもサクの疑いなどとうに晴れている。無茶を口にする男の顔は、威厳を保つための笑みさえ湛えていた。

「もしや、貴様もそいつの仲間じゃないだろうな」

 更に意地の悪い言葉に、ニナがぴくりと肩を震わせる。

「後で話を聞く必要がある」

「何を仰るんですか。私は、ただ」

「ここに立つのなら、それなりの覚悟をしているはずだ。だろう?」

 最悪の展開だった。彼らはニナにまで濡れ衣を着せようとしている。そうなれば、これまで真面目に仕事をこなしてきた彼女の未来は強制的に閉ざされてしまう。

 サクは、研究所のことを思い出す。彼女は機械相手にも丁寧に接し、常に真剣に目の前の問題に取り組んでいた。偵察部隊のために尽力することを惜しまない姿勢で、日夜努力を重ねてきたのだ。たった一度、他人の味方をしただけで、今後何十年も後ろ指を指される人生が決定するだなんて。

 次々とかかる嘲りの言葉に、ついに絶えられなくなったのか、彼女も椅子に腰を落とした。強く唇を噛み締めて項垂れるその瞳には、透明な膜が張っていた。今にも零れ落ちそうなそれを堪える彼女は、こちらの視線に気づいて小さく顔を上げる。

 微笑むその顔には、道連れにされた怒りも憎しみもなく、失敗に対する悲しみの感情だけが見て取れた。

 カイなら、どうするだろう。

 サクは考え、立ち上がった。

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