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「僕は二年間、ある人と旅をしていました」

 サクの唐突な言葉に、周囲は怪訝な顔をする。今更なんだと言いたげな彼らに、サクは静かに話を続ける。

「任務の最中、僕は炎と異形に囲まれて、無線で助けを求めました。返ってきたのは、救助は諦めろという言葉だけでした。いくら呼びかけても返事はなく、見捨てられたのだと理解しました」

 十二年間、ずっとシェルターを守るために戦ってきた。時には大きな怪我を負い、また超耐性であることを疎まれながら、反抗心一つ持たず従属していた。だが、捨てられるのは一瞬だった。

「気を失った僕を助けてくれたのが、同じく超耐性の少年でした。カイという名の彼は、僕を介抱し、旅に誘ってくれました。それから二年間、僕は彼と旅をして過ごしていたんです」

 いつの間にか周囲はしんと静まり返っていた。これまで一度もサクが明かさなかった期間の話に、周囲は口を挟む気も忘れたようだった。ニナも隣りで驚きに見張った瞳で、サクを見つめている。

「綺麗なものが、外にはたくさんありました。自然で生き延びるためのあらゆる方法を、カイが教えてくれました。焚き火のおこし方、星の読み方、罠の作り方。何もかもが新鮮で、僕は本当に幸せだった」

 彼の名を口にするのも、実に一年ぶりだ。たった一年前までは、あんなに何度も呼んでいたのに。下手に声に出せば、返事をする相手がいない寂しさに押しつぶされてしまう気がした。

 今、改めて口にして分かる。彼の名は、切なさと共に安心と懐かしさを与えてくれる。同時に彼との記憶がいくらでも蘇る。二度と戻らないあの日々は、生涯で最も美しい二年間だ。

「イブキ……反対派のリーダーとは、旅の中で一度だけ話をしました。廃墟となった街を訪れた時、顔見知りになったのです。ですが一晩で僕らは街を出て、旅を続けました。彼とはそれきりです」

 口を挟みかけた誰かは、周囲の視線を受け、その口を閉ざした。防護服を着なければ外に出られない彼らは、サクの話に興味をもかき立てられていた。リーパーを攻略できない現状では、彼らにシェルターを出て無事でいられる保証はないのだ。

「ある異形を倒した直後でした。カイは僕を狙う人間に気付き、代わりに撃たれました。僕が相手を撃ちましたが、彼は既に致命傷を負っていました」

 知らず知らずのうちに声が震える。両手をぐっと握り込み、それでも敢えてあの時の光景を思い出す。この世で一番大事な人が、次第に息絶えていく姿。彼が自分を庇って撃たれたという後悔に、気がおかしくなりそうだった。

「彼は、言ってくれました。おまえは一番の相棒だ。ずっと一緒にいる。……ありがとうと遺して、カイは微笑んで亡くなりました」

 もう誰もが分かっている。サクが自らシェルターに戻ってきた理由を。それを確信させるように、サクは続ける。

「僕は、カイを殺した相手が防護服を着ていたのを見ました。だからシェルターの……恐らくREGの人間だと推測し、仇を討つために戻ってきたのです。しかし何の収穫も得られず一年が経ち、爆発事件がおきました。REGのリーダーも死に、自分の身も危うくなり焦りが募る中、夜間警備の時にシェルターの外でイブキと再会しました。彼はその時、自分が反対派のリーダーであることを僕に明かしました」

 今ならわかる。イブキは、偵察隊に忍ばせたアサギから情報を得、サクが警備に出る晩を知った。そしてあの夜、必然的に再会を果たしたのだ。

「彼は超耐性の僕に、仲間になるよう説得しました。それでも応じないでいると、アサギを差し出しました。……その時は、人間にしか見えなかった。仲間になる代わりに彼を殺す権利を譲ると提案し、三日後に返事を聞かせるよう告げていなくなりました。仲間になる気のない僕は、イブキの提案を無視してアサギを殺してシェルターを逃げようと画策し、彼の居所を探って壊そうとしたのです。ですが彼を人間だと信じていた僕は、引き金を引けなかった。反撃を受ける僕の代わりに、現れたイブキが破壊しました」

 後はもう、誰もが知っている。その直後、警官隊がなだれ込んできたのだ。

 こうなるのなら、仇だけでも討ちたかった。彼が人間だと信じていても、引き金を引くべきだった。

「……僕は、何もできなかった。カイの仇を討つために戻って来たのに、最後のチャンスを無駄にしてしまった。彼を殺した相手が憎くて、絶対にこの手で殺すと誓っていたのに」

 最後の最後まで、自分は弱い人間のままだった。

「それ以上に、僕は僕が憎い。僕と出会わなければ、彼は死ななかった。僕と出会って僕を庇って、彼は死んだ。死んでほしくなかった。自分が死んでも、彼には生き続けてほしかった」

 声の震えを抑えられず、胸が詰まり、これ以上話をするのは困難だった。無理に言葉を発すれば、熱い塊が喉の奥から転げ落ちてしまいそうだった。ただ一つだけ、最後に言葉を絞り出す。

「彼は、僕のたった一人の家族だった……!」

 その時、男の一人が立ち上がり、床に膝をつき頭を下げた。

 土下座をするシズは。「私のせいだ」と言った。

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