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 もう全てどうでもいい。罪を着せたければ着せればいい、軽蔑するならすればいい。守るものなど、この身にも心にも、なに一つ残っていやしない。

 だから面会を求められていると知っても、億劫にしか思わなかった。ただ拒否できる立場にないから、昨日シズと会話をした部屋で椅子に座った。あの後も何時間同じ質問を続けられたか覚えていない。疲れた意識では、その記憶さえ曖昧だった。

 上官の誰かが嫌味を言いに来たのだと想像していたサクにとって、緊張した面持ちの彼女が現れたことは予想外だった。

 彼女を向かいの椅子に座らせた職員は、壁際の椅子に座って監視の姿勢に入る。正面に腰掛けたニナは、一度目を見張った表情を悲しげに歪ませた。

「顔、痛まないですか」

 第一声の心配の言葉に、サクはやや理解に苦しんだが、自分の顔に鈍い痛みがあることをようやく思い出した。しばらく鏡を見ていないが、職員に殴られた痣はしっかり残っているはずだ。それでも忘れていたような怪我なので、一つ小さく頷いた。

 更に彼女は心痛な言葉を述べようとした風だったが、短い制限時間を思い出したのか表情をきゅっと引き締めた。

「お久しぶりです」律儀に頭を下げる。「サクにお尋ねしたいことがあって、面会をお願いしました」

「もう、話すことなんてないよ」

 素っ気なく言い捨てたが、ニナはそれが聞こえなかったかのように身を乗り出す。

「あの晩……あなたが捕まった夜です。何をしに部屋に行ったのですか」

 ふうとサクは小さく息を吐いた。面倒だと思った。

「アンドロイドを、アサギを、壊しに行ったんだよ」

「なぜ壊したんですか」

 先を急ぐ彼女の様子にふと疑問が湧く。

「アンドロイドがあったってこと、知ってるの。その、一般人も」

「私は彼らの開発者ですよ」今日は白衣を纏っていないが、彼女は誇りを込めて微笑を浮かべた。「破壊されたアンドロイドがあった話は、聞きました。調べたところ、私も開発に関与したものでした」

 そういえば彼女に研究所を案内されたことを思い出す。随分と遠い昔のことのような気がした。

「サクは、どうして、あの……敢えてアサギと呼びますね。アサギを壊したのですか」

「壊そうとしたけど、直接壊したのは僕じゃない。理由は言えない」

 不誠実な答えにも、彼女は至って冷静に「わかりました」と返事をした。

「あなたがダクトを使って部屋に侵入したと聞きました。よくピンポイントで部屋の位置が分かりましたね」

「調べたからね。あのロボットの部屋の場所を」

「つまり、あなたはアサギの居場所を知らなかったということですね」

 背後の職員を気にかける素振りを見せつつ、彼女はなるほどと頷く。

「……残念ですが、局はあなたを疑い、処罰することを望んでいます」

 分かり切ったことを改めて口にする彼女に、サクは怪訝な表情をする。

「わかってるよ」

「あなたに決定的な証拠はないのに、です。罪を着せたがる理由が分かりますか」

「裏切り者だと思われてるからだろ」

「それだけでなく、人々が石を投げる相手が必要なのです」

 思い詰めたように小さく息を吸い、彼女は一度唇を噛んだ。

「完成間近のワクチンの破壊は、大勢の住民を失望させ、怒りを買いました。局の警備のずさんさが糾弾され、更に今回の発砲事件です。おまけにREGのリーダーには死なれ、反対派のリーダーには逃げられました」

 彼女が目を伏せ、サクも黙って天板に視線を落とす。

「石を投げて非難すべき裏切り者に、局はあらゆる罪を擦り付けようとしています。最初から疑われていたあなたは、格好の的なのです。そして追放することもない」

 今のサクにとって、最も辛い言葉だった。大罪人として処罰されたとしても、追放されるなら願ったりだ。当然極刑を言い渡されるものと思っていたから、昨日のシズの言葉にはショックを受けた。

「……あなたが、超耐性であることも大きく作用しています。局がみすみす逃すわけがありません」

 悔しいと思うべきなのに、それだけのエネルギーもない。飼い殺しという言葉がサクの頭に浮かんだ。周囲から濡れ衣を糾弾されながら、死ぬまでシェルターで働かされる。

 どうすればいいと考える気力もわかなかった。自分の未来は、所詮この程度のものだっただけだ。

 ただ一つ、それがカイの守ってくれた命だということが、悲しい。

「諦めないでください」

 サクの瞳から絶望を感じ取った彼女は、はっきりと口にする。

「まだ、あなたは容疑者です。罪が定まったわけではありません。明日は私が証言しますから、最後まで諦めないでください」

「証言って、なにを……」

「あなたの無実を証明できるものを、片っ端から訴えます。だから、サクも戦ってください」

 ニナにはどうでもいいことのはずだ。そう思うのに、彼女がじっと自分を見据える瞳の真摯さに、何も言えなかった。まだ諦めてはいけない。彼女の言う通りなのだろうか。もう少しだけ、戦ってみるべきなのか。

 きっと彼なら、最後まで戦うことを選ぶ。

「……わかった」

 サクが頷くと、ニナも大きく頷いた。あと一度だけ、大きな力に逆らってみようか。

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