3章 重なる手のひら
1
眩しい蛍光灯の明かりに目を細め、言われるがままに椅子に座った。もう何度この部屋で同じことが繰り返されたのかわからない。テーブルを挟んで座る相手は、同じ質問を嫌というほど繰り返し、サク自身も同じ返答を続けた。堂々巡りが何日続いているのか、最早サクにはわからなかった。
「いつから奴らと協力関係にあったんだ」
これまで口を利いたことのない管理部の男が、いい加減うんざりした顔をする。だが、身に覚えのないことは自白さえできない。
「協力関係などありません」
あれから頭の中が霞がかっている。霧の中を歩くような心持で、サクは同じ台詞を口にした。正面の相手がこぶしで机を叩くが、それが自分の顔に向いた時でさえ、朧な気分でいた。何発殴られようが、ないものをあると説明することはできない。
爆発事件はカルムの率いるREGと反対派が仕組み、サクが実行したと推測されている。それは彼らの中でほぼ決定事項のようになっていたし、そう思われるのはいたし方ないとサク自身も思う。反対派のリーダーを名乗った男は結局捕まらず、それらしい住民も局内のデータベースには登録されていなかった。そんな男と共にいたサクが怪しまれるのは当然であり、仲間を迎えに来たという彼の台詞は、これまでの疑惑を軸に信憑性を誇っていた。
硬い鉄の扉の向こうから現れた上官にも、サクは緊張など抱かなかった。これまで尋問を行っていた男は、サクに舌打ちして代わりに部屋を出て行った。
「まだ口を割るつもりはないのか」
体格の良い身体を無理にパイプ椅子に収め、シズはため息交じりに言うが、説明するもののないサクに返事はできない。
「あの男とは、どういう関係だ。どこで知り合った」
「……旅をしている時に、一度だけ出会っただけです」
「その時に扇動されたのか」
「彼がリーダーだったなんて知りません。ただの住民だと思っていました」
紛うことなき真実を信じてくれるものなどここにはいない。シズは足を組み、背もたれに背を預ける。椅子が微かな悲鳴を上げた。
「あのアンドロイドは、嘗て研究所で開発されたものだ」
初めて話の切り口が変わり、サクは僅かに顔を動かし、上官の冷たい視線を見据えた。
「そもそも、外で開発できるような代物ではない。詳細は調査中だが、REGに横流しされ、奴らが偵察部隊に忍び込ませたに違いない」
「……隊員が突然増えるのですか」
「アサギという隊員は確かにシェルター内で生まれ育った人間だ。Aランクの耐性を持ち、偵察部隊に配属されていた」
「その人が、どこかでアンドロイドと入れ替わった」
「そういうことだ」
シズの言いたいことはサクにも理解できた。当時のREGの者に人間のアサギは殺害され、彼と同じ皮を被ったアンドロイドが入れ替わったのだ。アンドロイドの利用は、高耐性を憎む彼らにもシェルター外での活動を可能にさせる。知らぬ間に自分たちの中に機械が混じっていた事実は、直面すると気味が悪い。
「あの部屋で、貴様は何をしていた」腕を組み、シズは重々しく問いかける。「せっかく手に入れたアンドロイドを、何故みすみす破壊したんだ」
あれは仇だったのだと言いたい衝動を堪え、サクは視線を伏せた。
「反対派のリーダーと名乗る男が迎えに来たとして、アンドロイドまで壊していく必要はあるまい」
「僕は仲間じゃない。彼は迎えに来たわけじゃありません」
「今更言い逃れができると思っているのか」
「彼の言うことを信じるんですか。僕が反対派やREGの仲間だなんて」
「そのために戻ってきたんだろう。外で奴らの仲間になり、施設の破壊のため二年越しに戻り、研究所を爆破した。そしてあの男が迎えに来た」
結局、何度も繰り返された話に着地する。疲弊した気持ちで、サクはテーブルの木目をぼんやりと見つめる。
「……それなら、僕がここにいる理由がない」
シズの言う通りなら、自分はあの時イブキの手を取り、今頃シェルターからとうに逃げ去っていただろう。
「仲間割れか? 土壇場で罪の意識が湧いたか」
「仲間じゃないのに、仲間割れなんて起こせません」
「貴様のようなスパイのおかげで、どれだけの希望が潰えたか」
「僕はやってない」
「それなら何故全てを話さない」
もう、膝に置いたこぶしを握る力もなかった。どうにでもなれ。さっさと極刑に処して、この場から追放してくれ。
そう思っていたから、シズの言葉に頭を殴られたような衝撃を受けた。
「二日後の会議で貴様の処遇が決まる。年若い出来心も考慮して、極刑は免れるだろう」
当然、追放は決定事項だと思っていた。はっと顔を上げた視線の先で、シズはゆっくりと立ち上がる。
「罪を償って生き続ければいい」
絶望的な台詞を残し、彼は部屋を去っていった。
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