12

 廃墟の街は、一年前と変わらない風体を守っていた。大きな動物の死骸のように建物が鎮座し、しんと静まり返った静謐な世界。その静寂を破り、重厚なトラックが騒音を上げつつ我が物顔で道を行く。途中、割れたコンクリートで前進が困難となり、やむ無く停車。銃を構えた隊員やアンドロイドたちが荷台から市中に下り立つ。明るい太陽の下、重々しい雰囲気が死んだ街の中心から外側へ溢れ出していく。

 一人がその場にくずおれた。アンドロイドの首がごろりと地面を転がる。それが戦闘開始の合図だった。すかさず反撃に転じ、たちまち撃ち合いが始まる。道端で二度と動かない車の陰に隠れ、廃墟の間隙へ銃弾を注ぎ込む。残弾の数は反対派とは比較にならない。潤沢な弾を撃ち続ければそれだけで勝利は確実だ。

 だが、それで全てが終わるわけがなかった。

 獣の咆哮が廃墟を揺るがし、ヘルメット越しの鼓膜を打った。太い四肢を持った熊や狼の形態を持つ異形が、廃墟の窓枠を越えて隊員へ飛び掛かる。潰された身体が砕け、白い防護服が鮮血に染まる。叫び声がこだまし、銃弾の雨が応戦する。

 中央部に残る隊員と街を詮索する隊とに別れ、サクは後者として街の中を駆けていた。車や瓦礫に弾がぶつかり跳弾する音が耳をかすめる。反対派のリーダー、イブキは姿を見せていない。彼の死を得ることが、この戦いの条件だ。

 少し後ろにつくムジに合図し、一画にある建物に飛び込んだ。ひんやりとした空気が頬を撫で、宙を舞う砂埃が日光を反射しきらきらと光っている。銃を構え、耳を澄ませる。怒声、発砲音、咆哮、悲鳴。そんなものが耳朶を打つが、建物内から物音は聞こえてこない。

 奥へのびる廊下をムジが進み、サクは脇にある階段を上る。最上階まで上がってから一階ずつ下り、上がってくるムジと合流する手はずだ。

 サクには、ここにイブキがいる確信があった。それも自分一人でないと彼は姿を現さないと信じていたから、ムジと別れて六階のフロアへ一気に上がった。言葉を交わすまでは、彼は自分を殺さない。無論、その後の保証はどこにもないが。

 扉は開いていた。ショットガンを構えてゆっくりと部屋の中を視線で探る。

 イブキの背中がそこにあった。

「まだ、撃つなよ」

 気配を感じたイブキの台詞に、しかしサクは銃を下ろさない。ここで彼を殺せば、この戦いは大きな犠牲を出す前に終結する。

「銃口を向けたまま話し合いなんてできやしない」

「話し合うことなんてない」

「そうか、話し合いではないな。しかし聞かせたい話がある」

 部屋に三歩侵入したサクは迷い、イブキの所作をうかがった。彼の表情にも素振りにも、いつもと変わった様子は見られず、佇まいは凛としている。彼の話は、殺してしまえば聞くことはできない。そして、聞かなければ一生後悔する話だろう。そう悟り、サクは迷う手をゆっくりと下ろした。

 ありがとうという言葉とともに、彼が振り向いた。逆光を背にする彼の顔には影が差しているが、穏やかな表情に鋭い眼差しが宿っているのが見て取れた。過酷な環境を生き延び、集団のリーダーとして周囲を統率する力を持った人間の顔だった。

「俺がカイに初めて会ったのは、一年前のことじゃない」

 自分の肩が小さく跳ねるのを感じ、サクは頭の中で彼の言葉を反芻する。自分たちが初めてこの街を訪れイブキたちと出会ったのは、昨年の話だ。

「それはおかしい、僕らはあの時に初めてイブキと会った。カイも、そうだったはずだ」

「忘れていたんだよ、彼は」

 まるで理解ができないでいるサクに、彼はとんとんとこぶしで自分の胸元を軽く叩いてみせた。

「俺の両親はある集落でワクチン反対派の組織を作り上げ、父がリーダーとなった。粛々と局に対抗する手段を探っていたところに、シェルターから逃れてきた夫婦が来た。彼らは生後間もない赤ん坊を抱いていた」

 全く想定外の話だが、サクにもその赤ん坊がカイであることは察しがついた。

「逼迫した様子の彼らに、寝る場所ぐらい与えてやろう。そうして街に招き、反対派であることを隠して交流を重ねた。彼らを仲間に引き入れる算段もあったからね。しかし一年後に判明したのが、その夫婦は拠りにもよってワクチン開発の元研究者だった」

 イブキの両親たちからすれば、まさに敵と呼べる存在だ。心を許し、過去を語った夫婦はあっという間に敵になったのだ。

「彼らは、シェルター内では耐性のある人間が強制的に偵察部隊に入隊させられ、人生の選択などできないことを知っていた。超耐性なら尚更だ、生まれた瞬間に全ての運命が決定する。出産後に自分たちで検査を行った夫婦は、息子が超耐性であることを知り、局を誤魔化しながら外へ逃げたんだ」

 超耐性ならば、赤ん坊はリーパーの害を受けない。だが、それ以外はそうもいかない。

「その両親は、耐性があったのか……」

「平均値といったところだったらしい。母親は既に体調を崩していて、いずれにせよそう長くなかった」

「二人とも殺したのか」

「仕方ない、敵だからな。俺は、子どもと母親の赤みがかった髪の色を覚えている」

 イブキは腕を組み、過去の記憶をたどるように天井へ視線をやった。

「それでも、子どもは殺せなかったらしい。超耐性なら仲間内で育てるという方法もあったが、周囲の反対が強かった。だから森の中に捨てたそうだ」

 森で泣いているところを育ての親に拾われたのだと、カイは言っていた。物心もつかない彼は何も知らないまま、あの時イブキと再会したのだ。彼の両親が自分の両親を殺した人間だとも知らずに。

 サクは銃口を下げた銃をきつく握りしめた。

「つまり、イブキの両親は、カイの……」

「ああ、そうだ、仇だ。彼の家族は俺の親が殺した」

 イブキは軽く両手を広げる。まるで、落ち着けよとでも言いたげな仕草で。

「その親も、やがて乗り込んできた偵察部隊の連中に殺された。少ない資源を求めた強欲な連中にな。辛うじて生き残った者がこの街に移り住み、俺が次のリーダーになった」

「だからイブキは、局を憎んでいるのか。両親を殺されたから」

「もちろんだ。ワクチン開発の反対なんて、正直どうでもいいよ。あの時、俺の両親だけじゃない、友人も仲間も多くが惨殺された。局に復讐ができるなら、俺はどんな手でも使ってみせる」

 彼の笑みは、まるで顔に張り付いているかのように見えた。

「それが俺の、生きる理由だ」

 まるで救いのない世界だ。嘗て同じことを思ったが、改めて思う。この世はなんて果てしなく絶望的なんだろう。

 だが、絶望してはいけない。もうサクにはわかっている。諦める前の一手を打たなければならない。今の一手は、イブキを殺し反対派を殲滅することだ。

「イブキを殺さないといけないと思っていたけど、殺す理由がもう一つできた」

 彼は憎悪の対象なのに、今相対していることがやけに悲しい。環境や状況が違えば、自分たちはこんな感情を向け合わずに済んだかもしれないのに。

「カイの代わりに、僕がイブキを殺す」

「もしかしたら、俺たちが友人でいられる世界があったかもしれないな」

 同じことを考えたのは、きっと偶然だ。偶然が一致したからこそ、そんな世界が存在する兆しに思える。

 だが、自分たちが生きるのは、今立っているこの世界なのだ。

「僕も、そう思うよ」

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