9

 シートの上でシュラフにくるまり、カイはそっと様子を覗う。小さくなった火の向こうで、石の上に座ったサクが腕を組んでじっとしている。座したまま寝ているような彼の背後が一瞬閃いた。

 途端、首を垂れていた彼がのめるように前方に倒れ込み、後ろから突き出されるナイフの切っ先をかわした。身をひねり、思わぬ動きに反応が間に合わない相手の手首を掴み、地面に引き倒し、背に膝を押し付けて右腕をねじ上げる。その手からぽろりとナイフが零れた。

「やっと正体現しやがったな」

 カイはシュラフから出て二人のそばに寄り、同じように寝たふりをしていたサクは、空いた手で拾ったナイフを自分の腰のベルトに挿した。男は自分より小柄な少年に押さえつけられたまま、痛みに呻いている。カイはその両手をロープで後ろに縛った。

 ようやく男の背から下りたサクが、彼を見下ろして呟く。

「カイ、やっぱりこの人……」

「最初っから、怪我なんて嘘だったんだ」カイは男の肩を蹴飛ばす。「恐らく、陰から俺たちを見つけて、一芝居うつことを思いついたんだろう」

 誤解だ、と男が悲鳴のような声をあげた。「本当に俺は怪我をしてるんだ」

「さっき立派に立ってたじゃねえか。自分の足で」

「それは、だいぶ良くなったから」

「良くなったから、そんで、何をしようとしたんだ」

 男はたちまち口ごもる。サクにナイフを突き立てようとした事実は、二人とも承知しているのだ。

「村から来たっていうのも嘘なんだろ」

「そ、それは本当だ。追放されたんだ」

「追放?」

 サクが呟き、男は首を捻じ曲げて彼を見上げる。

「誤解してるんだ、村のやつらは。俺は悪いことなんかしちゃいない!」

「おっさんみたいな人間、俺は何度か会ったことがあるぜ。旅人を襲って装備を奪って、村で売る。村の連中には死体から剥いだなんて嘘でもついてたんだろ。人殺しがバレて、村を追放されたんだ」

 カイは自分の荷物の元に引き返しながら続ける。

「村で荷物を売れば、いつしか噂になる。けど自力で旅に出る度量もないんだ。そのくせ、他人が苦労して手に入れたもんを奪って悠々と生活する。この次は、またどこかの村にでも居つくつもりだったんだろ」

 彼が銃を握り戻ってくるのを見て、男は魚のように身体を跳ねさせた。必死に逃げようとするその背を、カイは容赦なく踏みつける。

「カイ……」

「あの村に、こいつを紹介しなくてよかったぜ」

 とんだ疫病神を送り込むところだった。粛々と弾を装填する音を聞き、男は助けてくれを連呼する。

「やめてくれ、命、命だけは……! 悪かった、全部俺が悪かったんだ!」

 男の涙ながらの懇願に堪えきれなくなったのか、サクが再びカイを呼んだ。

「カイ、殺さなくても、いいよ……」

「なんでだよ」

「だって……きっともう、同じことはしない、と思う」

「その子の言う通りだ、神に誓って二度と殺しなんてやらない!」

「うるせえな」カイは銃口で男の頭を押さえつけた。「やっすい誓いだな」

「……命だけは、助けてあげようよ」

 尚も男を助けることを口にするサクをカイは睨んだ。月明かりの下で見る彼の姿は、頼りなく心細かった。

「おまえ、どっちの味方だよ。さっき殺されかけたのはおまえだぞ」

 冷たい台詞に、サクがぐっと口をつぐむ。唇を噛み、辛そうな顔で、「でも」と言いたいのを必死に堪えている。

「いいか、こいつが二度と人を殺さないなんて保証はない。ほとぼりが冷めれば、十中八九また別の旅人を襲う。罪のない誰かをな。サクはそれでいいのか」

 彼にとって酷な台詞を吐いていることをカイは自覚していた。これから男が犯すかもしれない罪の責任が彼にあるはずがない。そうと知りつつ、自分は無理にその責任を彼に押しつけようとしている。

 サクは何も言えないまま考えた末、一歩その場から退いた。それが彼の返事だった。

 カイは大声を上げてがむしゃらに逃れようとする男を見下ろす。自分がやらなければいけない。心の中で繰り返し、指に力を込めた。

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