2
本かテレビか、何かで見た記憶がある。植え付けられた記憶通りの冷凍睡眠装置が、目の前にあった。
既に蓋は開き、彼が目を閉じて横たわっている。その顔を見て、頭の中がショートするような衝撃が走った。実際、ショートが起きたのかもしれない。
シェルターの外を相棒と共に旅していた少年。彼の死を嘆き、声をあげて泣いていた少年。百三十年前、この部屋で手を握り合った少年……。
瞼が震え、やがて彼はゆっくりと目を開いた。虚ろな瞳が徐々に覚醒し、瞬きを数度繰り返す。それを隣りで見守るミオは、胸が詰まって何も言うことができない。やっと会えた。あの日の未来でまた会えた。万感の思いが、身体の中いっぱいに満ちていく。
こみ上げる涙を堪え、懐かしい彼の名を呼んだ。呟くような声を聞き取り、彼はこちらに顔を向けた。サクは目を細めて微笑んで、ニナ、と言った。
自分のモデルがニナという少女であることを、ミオは男から聞かされた。サクの持っていた携帯電話と通話ができたというのは、過去と未来の時間に関する何らかの歪みかもしれないと男は言ったが、まるで納得のいかない顔をしていた。プログラムの何らかのバグで、現実と近しい記憶が偶然に作られたのだろうとも。だが、それぐらいの奇跡は、一つぐらいあったっていいと思う。
ニナの姿をし、彼女の心を持つミオは、男に連れられて外に引き返した。サクはボロボロのシェルターに驚き、誰もが防護服なしに歩ける世界を見て言葉を失っていた。元の施設に戻り、ミオとサクを前に、男は彼が眠りについてからの百三十年を語った。局は甚大な被害を出しながらも、過激な反対派や異形を打ち倒し、勝利した。ワクチンが完成したのはそれから更に十年後だったが、リーパーへの抗体を得た人々は、瞬く間に再び世界に出られるようになった。今は、大幅に人口の減った世界がゆっくりと再建されている最中だという。
陽が暮れた頃、ミオはサクと外に出た。頭上には無限の星空が広がり、向こうには人々の暮らす小さな街がある。その光に負けない一面の星々と丸い月の下を歩きながら、ミオはため息を吐いた。夢にも見たことのない、美しい夜空だった。
「いくら見ても、きっと飽きないね。この空は」
頷くサクは、自分と共に残された一丁の銃を肩にかけている。しばしば手入れをされていたおかげで今も使用できるはずだが、これが再び異形を撃つことは二度とない。
「僕は、これからどうしよう」
モスバーグに触れるサクの言葉に、ミオはきょとんとする。その声がやけに不安そうに聞こえたからだ。
「超耐性なんて、もう何の取柄にもならない。僕には何が残っているんだろう」
「何言ってるの。サクはサクでしょ。そして、私の希望だよ」
「普通の人間なのに」
「関係ないよ。超耐性だからってわけじゃない。あなたがサクだから、私の希望なんだよ」
言ってから、ミオは急に恥ずかしくなり体温が急上昇するのを感じた。アンドロイドのくせに、なんでこんなこと。きっとこれはニナの気持ちだ。だけど、自分の感情でもあるのだ。
「ねえ、旅しようよ」
ずっと望んでいた。防護服なんて着ないまま、美しい世界を歩くことを、百年以上も前から。
「私は、もっとたくさんのものを見たい。世界中の綺麗な景色を、サクと一緒にこの目で見に行きたい」
サクは頷き、頬を緩めて笑いかけた。何故だろう、その笑顔を見ると、涙が溢れてくる。自分はミオというアンドロイドで、そしてニナという人間。どちらも望んでいることは、彼の隣で広い世界を旅すること。
サクが手を差し出した。
「行こう。みんなが望んでいたものを、二人でどこまでも見に行こう」
手と手を繋ぎ合い、二人は満天の星空を見上げた。数えきれない星々が頭上で瞬いている。希望の続く夜空は、遠い過去から未来にかけて、果てしなくどこまでも広がっていた。
星月夜にて君を待つ ふあ(柴野日向) @minmin
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