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見知らぬ者の呼びかける声を聞き、怪しんだ住民たちがスーパーマーケットに入る二人を見つけ、後を追ったらしい。
それを聞いたサクはカイを睨んだが、彼が何かを言う前にイブキと名乗った男は続けた。
「カイと、サクっていったね。きみらは近くに住んでいるのか、それとも旅の途中?」
廃墟の一画に二人は通されていた。朽ちかけながらも整頓されていて、低いテーブルの両脇では硬いソファーが向き合っている。以前の住民が残した部屋をそのまま使っているのだとイブキは説明した。
「旅だよ。あちこち適当に」カイは足元に置いた自分たちの荷物を顎でしゃくった。慣れないソファーは居心地が悪い。
「つまり、二人とも高耐性?」
リーパーへの耐性の程度にはランク付けがなされ、シェルターの外で生活を営む者たちは軒並みランクの高い者たちだ。そうでなければすぐさまウイルスに冒され、命を落としてしまう。
説明すべきか迷い、隣りのサクに視線をやると、彼もこちらを見上げた。
「まあ、そんなとこ」
超耐性だと説明して良いことがあるとは思えない。世の中には、耐性ランクの高い者へ敵意を抱く人もいるという。彼らがその部類かは知れないが、知らない限り超耐性だと敢えて暴露する必要もない。
素っ気ないカイの返事に、イブキという男は「へえ」と心の読めない声を返した。
「旅って、どこの村から来たんだ。それともシェルターを抜けてきたのか」
「シェルターの生活は知らないよ。ずっと外で生きてきたんだ」
「それなら、どうして自分が高耐性だってわかるんだ」
「検査キットっていうのかな。シェルターから持ち出した人がいて、俺の育ての親がそれを使ったんだ」
自分は、とカイは付け加えなかった。物心つく前から旅は続けていたのだし、サクがシェルターに住んでいた過去を説明する気にもなれない。イブキという男は、カイの台詞から二人を同様に捉えたらしい。そうかと頷いてから「珍しいな」と零した。
「高耐性とはいえ、あちこちに異形化した獣がいる世の中なのに、わざわざ旅をするなんて」
「命知らずの馬鹿なんだよ」
「いやいや、勇気があるんだなって思ったんだ」
カイが皮肉に笑うと、イブキも笑った。サクだけが笑うこともできず、黙ったまま二人を見比べた。
「俺も旅は憧れるけど、そんな度量がなくってね。今まで生き延びてきたってことは、いろんな異形も見てきたんだろ」
「まあ、それなりに」
「思い出せるだけでいい。いつ、どんな異形に遭ってきたか教えてくれないか。なにが弱点で、どういう場所に現れるか。出来るだけ詳細に」
彼は身を乗り出し、訴えかけた。何かしらの必要性があるのか、その瞳が微笑の中に真剣さを宿しているのを見て、咄嗟にカイは言い淀んだ。
「そんなの、いちいち覚えてないし……」
なあと視線を向けられたサクは軽く唇を噛むと、ようやく口を開いてイブキに言葉を投げかけた。
「どうして、そんなこと知りたいんだ。……異形がどこに現れるかなんて、この街に住んでいれば関係ないんじゃないの」
彼の冷めた瞳は、目の前の男をじっと見据えている。彼はイブキに対する疑念を隠すことなく、警戒心をあらわにしていた。実際に銃口を向けられ命の危機を感じたのだから仕方が無い。対するイブキは嫌な顔を見せることもなく、リラックスした姿勢を見せるように軽く足を組んだ。
「そう、出来れば俺たちも異形とは関わらずに暮らしたい。だけどこの街の周囲はウイルスの濃度が高いみたいでね、しょっちゅう奴らが現れるんだ。異形となって狂暴化した獣がね。だから俺たちが少しでも長く生き残るためにも、敵の生態をできる限り知っておきたいんだ」
「それなら、街を出たらいいのに。ウイルス濃度が高いなら、近いうちにあなたたちの身体にも影響が出る。それこそ……」一度口を噤んだサクは、戸惑いを誤魔化すように台詞をくっつけた。「超耐性でなけりゃ、寿命を縮めるだけなのに」
カイにも、サクの言い分は全うだと思えた。いくら高耐性であれど、超耐性でない限り完全に発症を食い止めることはできない。低ランクの者より発症しにくく、また劇症化による死亡リスクが低いというだけだ。完全にリーパーの脅威から逃れられるわけではない。
イブキは彼の言葉に反論することもなく頷いた。
「最もだよ。旅をする人間から見れば、俺たちの生き方は不可解以外の何ものでもない」
「それなら、どうして」
「俺たちには、行き場がないんだ。この街で生まれ育ち、他の場所での生き方を知らない。旅人から見れば、きっと臆病なんだろうね」
彼は立ち上がり、ガラスを失い窓枠だけとなった窓の方へ歩いた。その向こうには灰色の廃墟の群れが広がっている。静寂に包まれた景色を照らす南中の太陽は、自然と人工が入り混じったどこか幻想的な風景を描き出していた。
「愛着と呼べるのかもしれない。俺たちは、街を捨てたくないんだ。他の場所で一からやり直すよりも、この街と共に朽ちていきたいと思っている」
振り向いた彼に、二人は納得の言葉を返せない。故郷に対する愛着などこれっぽちも持ったことがなく、イブキの言葉を芯から理解するのは困難だった。
「最初は数人だったが、行き場を失くした連中も迎え入れて、細々と生きている。この場所を守るために、異形の脅威を少しでも取り除きたい。だから奴らのことを調べて理解しようとしているんだ」
ふーんと鼻を鳴らし、カイは腕を組んで首をひねった。生まれた場所さえわからない自分には、とても遠く理解しがたい話だと思った。とはいえ、異形の脅威を除くために知る必要があるという話には納得がいく。敵を知らなければ対処のしようがない。
「そこで、面白いことが一つ分かった」
「面白いこと?」
顔を上げたカイに、イブキはどこか子どもじみた、得意そうな笑顔を見せた。
「奴らは周期的に活性化するんだ。微々たるものだけどね、最も狂暴化し活発になる時期がある」
「なんだよそれ」
思わぬ話にカイは目を丸くし、隣りでサクも半信半疑だが興味を見せる。イブキは窓枠に軽く腰かけ、青い空を指さした。
「月だよ。どういうメカニズムかわからないが、奴らは満月の夜に最も活性化する」
「活性化するって、強くなるってこと」
サクの疑問にイブキは頷く。
「強く狂暴になる。だから俺たちは、満月の頃になると特に警戒している。朝になれば近くで喰い殺された旅人や獣の死骸がよく散らばっててね、ぞっとするよ」
「へえ、全然気付かなかった」
カイは頭をかいた。有益な情報を持っている自信はないが、少しぐらいは話をしてもばちは当たるまい。
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