17

 到着したのは、一度ニナに案内された研究室と類似した雰囲気の部屋だった。埃一つない清潔さと、見たことのない機械。そして地下五十階のフロアは一面静まり返っている。

 目の前にあるのは、寝台のようだった。上部が透明で、ニナがそばのコンソールに触れるとカチリと音がした。微かな機械音と共に、寝台の透明な部分が左右に割れて開く。

「これは、私たちの中でも更に一部の人にしか知らされていません」

 サクの横に戻り、ニナが静かに言う。彼女は研究成果を見せる誇らしさよりも、思い詰めた辛そうな眼差しでサクを見つめた。

「あなたは、これで未来を見てください」

「未来って……ちょっと待って、どういうこと」

「これは冷凍睡眠装置。つまりコールドスリープを可能とする機械です。対象を低温状態に保ち、代謝を極端に低下させ、肉体をそのまま保存します」

 そうは言われても、サクには合点がいかない。ニナは一度きゅっと唇を結び、ゆっくりと説明した。

「この中で眠っていれば、年を取らないまま長い期間を過ごすことができます。それも十日やひと月という時間ではなく、何十年、何百年も先まで」

 唖然とし、サクは機械とニナを交互に見た。彼女の言わんとすることを察して驚愕する。

「まさか、僕にここに入れって……」

「一号機ですが、安全性は十分に検討しました。絶対に、あなたの命を損なったりはしません」

 そんな、とサクは掠れた声を漏らす。自分は戦いの続きをしなければいけない。呑気に眠って一人だけ未来を見に行くなんて、全く望んでいない。

「嫌だよ。いくらニナの頼みでも、引き受けられない。僕は戦う」

「これはあなたにしか、できないんです」

 きっぱり断るサクが言葉を呑むほど、ニナの声は震えていた。必死に涙を堪える彼女が、他の手段を懸命に探したことは明確だった。

「なんで僕なんだ。他に……未来に行くなら、他にもっと賢くて役に立つ人間がいくらでもいるだろ」

「未来がどうなっているのかは、想定できても確実にはわかりません。それこそ、その目で見るまでは。人間とリーパーの戦いがいつまで続くのか、誰にもわからない。もしかしたら人類はリーパーに屈し、人口は更に激減するかもしれない。だけど、そんな世界でもあなたなら生きられる」

「超耐性、だからか」

「それだけではありません。サクは、とても強くて優しい人です。私たちは、あなたになら全てを託せます。この先の未来で、待っていてください」

「そんな勝手なこと……」

 サクは両手を握り締めた。自分は、ニナに外の世界を見せたいと望んでいた。そのために戦いを選んだといっても過言ではない。それなのに、たった一人未来に放り込まれて、知る者の誰もいない世界で生きろというのか。

「私は、あなたを孤独にしません」

 サクの想いを悟ったのか、ニナは決意の表情で言い切った。

「あなたはきっと、私に外の世界を見せてくれる。私はあなたの隣にいる。未来でサクを、一人ぼっちになんてしない」

 どうやってと言うのは酷だろうか。彼女の頬に流れる涙を見て、サクは尋ねられなかった。彼女も本当は、サクを長い眠りにつかせることを望んでいない。だが、いつかの未来の希望となれるのは、ただ一人しかいないのだ。

「彼女だけを責めないでくれ。誰もがきみの実力を認め、共に戦いたがっている」

 二人を見下ろし、シズが落ち着いた口調で諭す。

「だが戦闘が劇化して万が一にもきみを失うのは、私たちの希望が潰えるのと同じことだ」

「そんな大役は、僕にはこなせません」

「気負わなくていい。きみが未来に立つことが、私たち皆の勝利なのだ」

 サクは黙ってシズを見上げ、彼の言葉を噛み締めるように頭の中で繰り返す。残された人間が未来を生きることが、多くの犠牲を払ってきた者たちの勝利。本当に自分が望むものを考え、彼なら何を言ってくれるかとも考える。

 ゆっくりと瞬きをした頃には、一つの答えを見つけ出した。

 カイ、もう少しだけ、そっちで待っていてくれ。心の中で彼に話しかける。ずっと一緒にいるって言っただろ。そんな返事が聞こえた気がする。

 しっかり頷いたサクの両手を取り、ニナは自分の手でそっと包み込んだ。

「サクは私たち皆の、そして私の希望です」

 握り合う手に零れ落ちる熱い雫。透明な涙の流れる顔で、彼女は美しく微笑んだ。

「未来で待ってて」

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