第52話「やっと現れたな」
家に帰ると、知実さんがむすっとしていた。まあ、たまにあることだ。
親代わりをしてくれている知実さんは子離れができない親みたいなところがあって、俺のことを過剰なまでに心配する。モンスターペアレントにならないか心配だ。けれど、ある程度分別はつく。というか、五十嵐のような[知実さんが]気に入った相手などとの付き合いなら多目に見てくれるので、モンスターになる心配はさしてないのかもしれない。
とはいえ、過保護なのは事実。俺の帰りが遅いと、譬どんな理由であろうと心配する。そして俺は心配されるような理由しか持っていない。くわばらくわばら。
「……自ら危険に飛び込むとはな」
「ごめんなさい」
健一朗さん辺りから連絡を受けたのだろう。知実さんは詳細を知っていた。
「馬鹿者が。あの娘の能力がどれだけ危険か、理解していなかったのだろう?」
「えっと……」
返す言葉がない。温度を自在に操る、火傷も凍傷もしない、という文字列は理解していたものの、実際に体験するまでさして危険と思っていなかったのは事実。百聞は一見に如かずとはよく聞くが、できれば百聞で終わってほしかった。
言い訳をするなら、いつも俺に話しかけてくる半田が、しつこくはあるものの、無害であったから、警戒を怠ってしまった。──やはり、言い訳にしかならないのだが。
「まあいい。夕飯食うぞ」
「あの、知実さんにお願いしたいことが……」
俺は考えた作戦を知実さんに伝えた。
「……ふむ」
店で買った出来合いの鯖の味噌煮を皿に盛りつけると、それなりに見えるものである。そんな味噌煮と一緒に知実さんは俺の話を咀嚼していた。
「別に、止めはしないが、お前がそこまで半田とやらにしてやる義理はないだろう。それに、[WHAT]に入りたくないのなら、貸しを作る必要もないと思うがな」
知実さんの言うことはもっともだ。半田とは友達というほど仲がいいわけでもないし、むしろ鬱陶しいとすら思っている。恩を売ったところで益はないし、そもそも見返りを求めているわけではない。
何故半田を助けようとするのか、と聞かれたら、返答に戸惑う。
「俺は、偽善者なんだよ。自分から手放したものを取り戻したいとか、ちっとも思ってないくせに、自分の能力を疎んで、あの人たちにかけられた能力の解除のために知実さんに協力してるんだ。今更善人ぶるのも面倒だ。
でも、少しでも、免罪符になるなら、知り合いを救うくらいやろうかなって思うだけ」
俺の中はまだもやもやしていた。けれど、これが今俺に出せる答えだ。
ふぅん、と答えた知実さんは自分から聞いた割に興味がなさそう。なんで聞いたんだ。
「私にはむしろ、悪人ぶっているように見えるがな」
「え?」
「とにかく、カロンは量産できないし、まだ試験運用段階なんだ。お前が偽善だというなら、私のは虚無か何かだろ。カロンの試験運用を任せたのだから、実験台らしく好きにやれ」
ぽんぽん、と俺の頭を叩くと、知実さんはさっさと自分の分を片付けていってしまった。
「咲原、率直に言おう」
五十嵐にも、朝、作戦を話した。
「無茶だ」
「無理を通して道理を引っ込めるタイプのお前が言う台詞ではないよ」
超能力者でもないのに
それは本当にさておいて、だ。
「できる限りのことはするってことだ。五十嵐、当然お前にも手伝ってもらうし、むしろお前抜きでは無理な話だから話した」
「私の負担は少ないが、咲原の負担が大きすぎる。[王]を守る者としては賛同しかねるな」
「じゃあ、半田を見捨てるか?」
五十嵐ははぁ、と溜め息を吐く。
「王が望む道を切り開いてこその兵士だ。要は私がお前の負担をいくらかでも軽減させればいいのだろう?」
「物分りがよくて助かる。まあ、時間はかかるだろうけど……半田を助けよう」
「ああ」
それから数日、俺と五十嵐は毎日半田の元へ赴き、作戦を遂行した。ちなみに健一朗さんには何も話していないので、かなり気を揉ませている。
何日目だろう。そろそろ衣替えの季節、という辺りで、そいつは現れた。
「全く、手のかかる妹ね」
そいつは右目を長い髪で隠している陰気な美人。普通にしていれば、世の中の大抵の男は射止められそうな大和撫子だろうに、纏う空気のせいで台無しだ。
目の下の色濃い隈、淀んだ黒い瞳。瞳孔と光彩が境目を失くしてしまったような。
その前に立ち塞がったのは、私服姿の[
と、俺もそろそろ気を引き締めないと。
「やっと現れたな」
下働きの兵士さまがお怒りだ。
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