第19話「二人で走らないと、意味がないだろっ!?」
おかしい。
学校は見えるのに近づけている気がしない。
「咲原、気づいているか?」
「ああ。これは多分」
もう一人、能力者がいる。
五十嵐にはっきりそう返す。
「でも、どういう能力はさっぱりだ。立ち止まっても何もないし、道が入りくんでいるわけでもない」
俺はこれまでの知識から該当しそうな能力に当たりをつけようとするが、絞り込めない。
すると、五十嵐が呟いた。
「私たちが進んでいない?」
「え?」
「よく見ていろ。今走るから」
俺は立ち止まり、五十嵐を見た。五十嵐はかなり綺麗なフォームで走っている。──しかし、俺の目の前から進むことはない。
能力がわかった。
「[
「[
「
「異空間へ送って、どうなるんだ?」
「その送られた場所へは決して行けなくなるし、異空間に送られた空間の中にいる人はそこから出られなくなる。今の俺たちはどっちかっていうと後者かな」
一言でまとめると空間隔離能力だ。だから見えているとしても進めない。ここがちょうど、転送された空間と外との境目なのだろう。
そうして対象が目的地に辿り着くのを妨害し、さまよっているところを仕留めるのが[
俺たちは周囲を警戒した。物音一つしない。
罠か?
「咲原、伏せろ!」
五十嵐がこちらに飛びかかりながら叫んだ。訳もわからないまましゃがみ込むと五十嵐が俺を庇うように覆い被さり、更にその上を何かが通過していく。ボウガンの矢だ。
「今時ボウガンなんて持ってるやつがいるのか」
矢を見つめ、しみじみと呟く五十嵐に苦笑いを向ける。
「超能力者の殺し屋がいる時代だ。世も末だね」
軽口を叩ける程度にはまだ余裕がある、と思っていた俺だが、あることに気づき、蒼白になる。
「なあ、五十嵐」
「なんだ?」
「ここはどこだ?」
俺の問いにはっとし、辺りを見回して五十嵐が絶句。どうやら気づいたらしい。
先程まで見えていたはずの目的地──黒輝山学園が消えていた。
「まずい。[
「何?」
五十嵐が低い声を出しこちらを見る。
「早くどうにかしないと、戻れなくなるかもしれない。どうやらもう一人いるようだし」
「もう一人?」
「ああ。さっき、ボウガンでの攻撃してきただろう?」
「能力者と別人なのか?」
「
何せ人間同士ではなく、空間同士を同調させて発動する能力だ。広範囲への同調を維持するだけでも難しい。
だから動きはしないだろうが、その能力を解除しないことにはここから逃れる術はない。
それに、問題はもう一人も能力者かもしれないことだ。
「もう一人が能力者?」
「ああ。ボウガンの射程なんてたかが知れてる。でも、撃ったやつの姿、見なかっただろう?」
「確かに」
後ろからだった俺はともかく、矢を捉えた五十嵐もわからないということは、[
「とりあえず、[
「わかった」
「え」
俺の呟きに五十嵐が走り出そうとする。慌てて止めた。
「待った、五十嵐。どこに行く気だ?」
「決まっていよう。その[
「駄目だ。俺たちが離れれば、相手の思うツボだ。もう一人がいるし」
「うむ。ではそいつを倒しに行く。お前はここで待っていてくれ」
「おい!」
標的は変えたようだが、一人で行く気だ。
「だから、離れる方が危険だって」
何故だろう? いつも冷静なはずの五十嵐が頑固だ。
焦燥感を抱きながら見ると、五十嵐がこう応じる。
「やつらは同調能力とやらで同調したものにのみ影響を与えるのだろう? お前は自力でこの同調から逃れられるはずだ。そうすれば、お前はこの空間から出られるかもしれない。なら、先に出てくれ」
「お前を置いていけるかよ!」
理詰めにされかけたが、離れて行こうとする手を掴み、叫ぶ。すると、五十嵐は──
「心配には及ばん。忘れたか? 私は[
「お、い……」
その目を真っ直ぐ向けて答えた。
真っ直ぐで、決意に満ちた眼差し。今はそれに脆さが垣間見える。俺の中の何かにひびが入ったからかもしれない。
五十嵐、そんな風に考えていたのかよ。
誰もが認めるくらい、なんでもできる絵に描いたような万能人間の五十嵐。[
「一緒に帰ろう」──そう言ってくれたとき、俺は五十嵐に対してぼんやりと抱いていた友情が確かなものになったと感じていた。対等にやりとりができる存在になったと思っていたんだ。
嬉しかった。それが、嬉しかったんだよ。
それなのに。
「唯人に愛情をずっと注いできたのは私よ!」
『母親の義務だから、仕方のないことだけれど』
「何を言う!? ロクな働き口も持っていないお前に、唯人が育てられるものか!!」
『要は金なんだ。金さえあれば家族なんてどうにでもなる』
五十嵐は、あの人たちと一緒なのかよ?
自己中心的で、口先でどう言おうと、本当に俺のことを考えてはくれなかった、
「もう二度と、俺の前に現れるなぁっ!!」
同調能力で本音を知ってしまった俺が、ただ追い出すことしかできなかったあの二人と。
自分のことしか考えなかった、最低な俺の両親と。
……違うだろ。違うに決まっている。違うからこそ、俺は五十嵐に憧れたんだ。
手を振り払って歩き出そうとする五十嵐をひっぱたいてやりたい気がした。
でもそれだけの気概はなく、代わりに俺はある者の名を呼んだ。
「[
精霊は異空間の存在。
瞬間、五十嵐の頭に大量の水がかかる。五十嵐は成す術もなく、ずぶ濡れになった。
「五十嵐」
「咲原……?」
呆然とする五十嵐に向かって、俺は懸命に言葉を紡いだ。
「二人三脚って知ってるよな?」
「知っている、が」
「俺と走ってくれるって言ったよな?」
「ああ、勿論だ」
「二人三脚は二人で走る競技なんだ。だからっ」
そこで息を思い切り吸い込み、叫んだ。
「だから、二人で走らないと、意味がないだろっ!?」
抽象的だろうが、遠回しだろうが、俺はそれで伝わると思った。五十嵐は頭がいいし、聡い方だ。しかしそれ以上に──同調なんかしなくても、わかってくれると信じていた。
もう、信じられるくらいのものなんだよ、お前との絆は。
「そうか。そうだったな」
五十嵐は目を閉じ、少し考えてから、そう言った。
「すまない。頭が冷えたよ、咲原」
水の滴る前髪をかきあげながら言った。
「咲原、お前は一人じゃない。でも、それと同じように私も一人ではないんだ、と。そう言ってくれるのだな?」
目は相変わらず真っ直ぐで、迷いがなくて、でも先程までの脆さはどこかへ吹き飛んでいて──俺は頷きながら、ああ、この目だ、と思った。
この目を俺は見たかった。
「お前を頼っても、いいんだな?」
「勿論」
「なら、ともに行こう」
今度は五十嵐が俺の手を取った。
「二人で、
「ああ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます