第18話「承知しませんからね!」

 空気が緊張している。誰かが少しでも動けば即刻戦闘開始と言わんばかりだ。約一名、例外がいたけれど。

「おい、何言ってんだ? 司書のおっさんまで中二仲間なのか?」

「佐竹、黙ってろ」

 [傀儡王パペットマスター]で即座に佐竹を黙らせる。この室内で、唯一一般人だからか、このぴりぴりとした空気を感じていないらしい。羨ましい限りだ。どうか俺と代わってくれ。

「おっさんじゃなくてお兄さんだよ、佐竹クン」

「健一朗さんもちょっと黙っててください」

 [傀儡王パペットマスター]で言うと、健一朗さんも黙った。意外とすんなり同調もできたが、超能力者ではないのだろうか。

 健一朗さんが何者か、は後にして。

 どうしようか。

「五十嵐、敵の位置と人数は?」

「ああ、部屋の中、箸の浮いているあたりに一人。屋外に二人控えてる」

「昼飯食いに来たってわけじゃなさそうだな」

 これだけの敵意を剥き出しにして、悠長にうどんを啜るつもりならそのギャップに拍手しよう。

「[透明人間スケルトン]が三人、ですか」

 半田が呟く。

「最近の子は横文字が好きだねぇ」

 [ちょっと]とつけたせいか、健一朗さんの束縛はもう解けたらしい。

「健一朗さん、与太話はいいので、この方々にご退場願いましょうよ」

「うーん、そうだなぁ。どうやらオレの責任みたいだしなぁ。とりあえず、お昼代はオレが払っておくよ」

「それはどーも」

 食い逃す可能性大なので、あまり有り難くない気もするが。

「心配しなくてもなんとかするさ」

「なんとかって」

 未だに健一朗さんに信頼を置けない俺が不信感を顕に呟くと、健一朗さんは肩を竦めた。

「そうだなぁ──美月クン」

「了解です」

 半田は健一朗さんと短いアイコンタクトを交わし、答えるなり俺と五十嵐の手を取った。

「どうするつもり?」

「逃げるんです」

 まあ、そうなるよな。

「佐竹は?」

「あ」

 こいつ忘れていたな。佐竹は俺によく絡んでくる鬱陶しいやつだが一般人。常軌を逸し気味の状況に全くついていけないやつを放置は駄目だろう。巻き込んだらどうする。

 視線にそんな責める色を乗せて半田を睨む。すると半田は一旦俺たちから手を離し、戸惑いすぎて茶々も入れられずにいる佐竹を俺の前へ。

「お願いします」

「おいっ!」

 その行動は「[傀儡王パペットマスター]で都合よく、かつ安全に退避させてください。お任せします」と言外に言っている。つまるところ丸投げだ。

 つべこべ言っている時間もない。せっかく抜けられた僅かな昼休み、可哀想だが、戻ってもらおう。

「佐竹、よく聞け。これからお前は真っ直ぐ学校に帰れ。そしてこの店での一連の出来事は忘れろ」

 俺が言い終えると、佐竹はくるりと回れ右をし、店から出た。

「これでよかったか?」

「はい。なんか手慣れてません?」

「……ほっといてくれ」

 実は殺し屋を捕まえたときによく使う手だったりする。[傀儡王パペットマスター]はなかなかご都合主義な代物で、能力をかけられた前後の記憶は自動的にあやふやになるらしいが、念には念、だ。あと、佐竹だからな。

 半田は再び俺と五十嵐の手を取った。人肌にしては冷たい。[偽りの恒温動物サーモグラフィ]を発動しているのだろう。

「手を離さないでくださいね。出ていくまでは」

「どうする気だ?」

「空気になります。黙っていて」

 半田は俺たちの手を掴んだまま、佐竹が出て行った襖へ向かう。店の中を堂々と突っ切り、客にも店員にも気づかれず、暖簾をくぐった。

「喋ってもいいですよ」

 外に出ると半田が手を離して言った。

「さっきの、どうやったんだ? 同調能力を使ったにしては、俺たちに影響はないみたいだけど」

 周囲の空気と同調すれば、姿が見えなくなるわけではないが、[透明人間スケルトン]とほぼ同じ効果が得られる。ただし、一緒に同調した人物には同調使用者の能力の影響が出るはず。半田の[偽りの恒温動物サーモグラフィ]は人の体温を操る能力。体温を操られたら、具合が悪くなったりすると思うのだが、俺も五十嵐もそんなことはない。

「簡単ですよ。咲原くんたちの体表温度を下げて、空気の温度と同化させたんです。体表から出る熱っていうのは人の存在感知機能に少なからず影響を及ぼしているんですよ。それで」

「その話は長くなりそうか?」

 五十嵐が鋭く睨みをきかせながら、半田の話をぶった切る。半田は不服そうだが、俺としては要点はわかったので充分だ。中二トークの長さを体験している暇はない。とりあえず五十嵐、クッジョブ。

 もっとも、五十嵐でなくとも、この状況では止めただろう──敵が迫っている。

「二人、ですね。中の一人は健一朗さんが止めてくれています。残りは私がやるので、二人は学校に戻ってください。幸い、私は午後の出場種目はないので」

「それはよかったけど、相手は[透明人間スケルトン]だぞ? 見えない相手にどうやって」

「条件は相手も同じです」

 俺の問いに被せ気味に答えると、半田は俺と繋いでいた方の手をひらひらと示して言った。

「私の特能は[偽りの恒温動物サーモグラフィ]、さっき言った要領で、私は変温動物カメレオンになれるんです。話すと長いですけど」

 意趣返しのつもりか、どや顔で五十嵐を睨む半田。訊いたの俺だけどな。

 五十嵐が睨み返すと半田はふっと柔らかく微笑んだ。

「最後に一つだけ。二人三脚、頑張ってくださいね?」

 その表情と一言に意表をつかれ、俺も五十嵐も驚いた。

「二人が絶対優勝だって信じてますから。というか、優勝しなかったら承知しませんからね!」

「ん、わかった。ありがとう」

 俺は[透明人間スケルトン]が近づいてきたのを感じて五十嵐とともに走り出した。後方で慌てて俺たちを追おうとした敵が足止めを食らっている気配を感じる。

 半田、頑張ってくれよ。

「さて、そろそろ本気でいくか」

 同じことを祈っていたのだろうか、五十嵐は目を開け、真っ直ぐ前を見据えた。

「あまり飛ばしすぎるなよ?」

「わかっている」

 俺と五十嵐は特に合図もなく、同じテンポでペースを上げていった。


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