第17話「釜玉うどんを二つ」

「さっきはおっどろいた~」

「でも、確かに思い返すと似てたよな」

 座敷の個室に座った俺と佐竹は早速五十嵐の母について話していた。

「うーん、そういやそうだな。母さん美人かあ。羨ましいぜ、五十嵐」

「まあな」

 意外と淡白な返答に佐竹がぎょっとして俺を見る。

「やっぱお前とかじゃねぇと話が膨らまねぇみてーだぜ? 中二病」

「俺は中二病じゃない」

「中二は中二同士じゃないと通じ合わないんだな」

 俺の刺した釘は華麗にスルーされた。

「そんなアパルトヘイト思想は持っていない」

 五十嵐は佐竹の言い様にそんな言葉を返す。母が去って、ちょっと調子が戻ってきたようだ。

「アパ──何?」

「アパルトヘイト。人種隔離的差別のことだ」

「差別は意味が違うと思います!」

 突然、隣の個室に繋がる襖が開かれて、聞き覚えのある声が闖入してきた。現れたのは半田だった。

「半田、お前はどうしてここに?」

「そんなことはどうでもいいんです!」

 俺の問いを一蹴し、五十嵐にびしっと指差し言い放つ。

「それより差別ってアパルトヘイトじゃなくてジェノサイドじゃありません!?」

 その指摘に、場が静まり返る。

 お前、よく黒輝山に入学できたよな、と思いつつ、半田、と呼び掛けた。

 なんです? と不満そうな視線が刺さってくる。得意になっていたところに水を差されたから、といったところか。いや、子供かよ。

 そんなツッコミは心の中に留め置き、告げた。

「ジェノサイドは、虐殺、だ」

「え?」

 半田がきょとんとすること約二秒。沈黙は爆笑へと変わった。それでようやく事を理解した半田が真っ赤になって手をあわあわと振る。

「ああああ、今のはなしです、今のなし!」

「半田、出た言葉は返らん」

 五十嵐の笑いの合間に放たれた台詞に半田はもう涙目だ。

「なしったらなしです!!」

 涙目の半田に苦笑いを向けて、ふと視線をその奥に向けた。

 そこに座す人物に固まった。

「健、一朗さん?」

「やあ、お久しぶりだねぇ、唯人クン」

 あれ以来、全く会っていなかったので、確かに久しぶりのような気がした。実際は二週間くらいしか経っていないが。

「半田、あの人と一緒にいたのか?」

「え? ああ、健一朗さんとお知り合いでしたか。そういえば、図書館司書ですもんね」

 司書って本当だったんだ……とそれはさておき。

「半田、あの人は得体が知れない。近寄らない方がいい」

「おやおや、警戒されたもんだねぇ。オレは気のいい図書室のお兄さんなんだけどなあ。ねぇ、佐竹クン?」

「え、ああ、はい」

 怪しすぎる質問にあっさり頷く佐竹に項垂れると入り口の襖が開いた。

「お客様、店内でのいさかいごとはご遠慮を、っと」

 五十嵐の母がひょっこり顔を出し、俺たちが応じる前に爆弾を投下した。

「あらあら修羅場?」

「違うっ!!」

 五十嵐が咄嗟に叫んだ。俺はつくづく五十嵐の母のぶっ飛び加減には感心してしまう。

「ではお邪魔なようなので失礼しますわ」

「母さん、注文くらいとってって!」

 度重なる衝撃事件で忘れていたが、俺たちはここに昼食を食べに来ていたのだった。

「では、ご注文は?」

「あ、えっと」

 いざ聞き返されて五十嵐は言葉に詰まる。まだメニューも見ていなかったのだ。

「俺、ぶっかけうどん」

 と佐竹。

「じゃ、俺は釜玉でお願いします」

 俺が言うと、五十嵐には聞かず、五十嵐の母はにっこり笑った。

「ぶっかけうどんを一つと釜玉うどんを二つ、でございますね? かしこまりました」

 五十嵐の母はそのまま出て行ってしまった。

「釜玉うどん……二つ?」

 後れ馳せながら俺が疑問符を浮かべる。佐竹も頷く。

「二つって言ってたな」

「流れ的に五十嵐のか」

「さすがは母ってこと? 娘の好みをはあk」

「それは今重要か?」

 被せ気味に低い声で五十嵐が突っ込んできた。何故かはわからないが漂う凄みに俺と佐竹は首を横にぶんぶんと振った。

 それよりも重要なことがある。健一朗さんの存在だ。

 健一朗さんはこの一連のやりとりを微笑ましげに見守っていた。

「今のが五十嵐サンのお母さんか。お嬢さんに負けず劣らず面白い方だったね」

 呑気に言いつつ、ぱくぱくと漬物を食べていたのだが、不意に箸を虚空に投げた。

 すると、鋭く投げられた箸は何もない空間でふよふよと滞空した。

「おいおい、人の食事の邪魔をしようなんて随分と行儀が悪いな。透明人間クン」

「「なっ」」

 つけられていることに気づいていた俺と五十嵐が言い当てた健一朗さんに同時に絶句する。──やはりこの人、得体が知れない。

「何やってるんだけどか。言わなきゃ食事の邪魔まではして来なかったでしょうに」

「ああ、悪いね、唯人クン」

 全く悪びれた様子もなく、健一朗さんは続けた。

「さーて、ここからどうする?」


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