第16話「よぉい、どんってね」
多種目競技混合体育大会は始まった。
まず、トラック外で百メートル走と二百メートル走が行われた。俺は百メートル走で総合三位、そこそこ速いという結果が出た。女子の二百メートル走に出た五十嵐は当然のように総合一位であった。
ちなみにこの体育大会は縦割り対抗戦で、一・二組同盟の赤組と三・四組同盟の白組での戦いとなっている。全校生徒数の少ない黒輝山学園には稀に五組というのもあるが、そのクラスは全員実行委員扱いとなる。せっかくの学校行事に、実行委員扱いでの参加とは無情すぎやしないだろうか。
うちの学年は四組までで、他学年にも五組は存在しないため、佐竹のように実行委員として走り回っている人々が地獄を見る一日と化すわけだ。
さて、話は競技に戻る。
俺はその後、千二百メートルマラソンに出たのだが、そこでなんと優勝してしまった。体調不良やらなんやらで棄権した人が多かったせいだろう。
女子レスリングやイベント柔道でも、やはり五十嵐が総合一位を獲得したわけだが、どういう風の吹き回しか、それら二種目に半田が出場。思いっきり五十嵐とぶつかり、いっそ清々しいくらいの負けっぷりを披露してくれた。
そんなこんなで、八十メートルハードル走までは至って平穏に刻が過ぎていた。
しかし。
「咲原」
総合一位のトロフィーを持ちながら、五十嵐が神妙な面持ちで俺のところへやってきた。
「敵がいる」
「そうだな」
「[
「そのとおり。だからって気を取られてタイム落とすなよ」
俺の指摘に五十嵐が一瞬固まり、苦笑した。
「気づいていたのか」
「当たり前だ。十メートル先の相手に瞬間移動ばりの速さで行くようなやつのタイムじゃないよ」
先程行われた八十メートルハードル走では二位と接戦だった。それは普段の五十嵐ならあり得ないことなのだ。通常、五十嵐はぶっちぎりで一位をとる。その証拠に、最初の二百メートル走はぶっちぎり一位、学校記録歴代一位の称号のおまけつきだ。
「さすがだな」
「伊達に追いかけっこしてませんよ、俺は」
そう言うと、五十嵐は俺の手をとり、握りしめた。
「守るから」
決意の瞳。いつも以上に真っ直ぐな熱い瞳に思わずどきりとする。
「絶対、私が守る」
心なしか、手を握る力が強くなり、更に鼓動が早まる。どうしたんだよ、俺は。──今は落ち着こう。
「五十嵐、気負わなくていいから。今は走りk」
「おーおー、お二人さん、盛り上がってますねぇ!」
「……佐竹か」
会話に乱入してきたのは実行委員のゼッケンをつけた佐竹だった。
「咲原、千二百優勝おめでとう! お前さんのおかげで赤は一気に優勢だ」
体育大会は点数制で、当然順位がの高いほど、多くの得点を得られる。今年はどの種目においてもぶっちぎりの五十嵐がいるから、赤組敗北の心配はないと思うが。
「ふーん、何点差?」
とりあえず、点差を訊いておこう。
「百点ぐらいは差をつけてるぜ」
アホみたいな点差だ。
俺の千二百も雀の涙程度には貢献しているだろうけれど、やはり、五十嵐の出場種目オール優勝が大きいに違いない。
「でも、油断するなよ? まだ中盤だかんな。何が起こるかわからない」
と言われても、俺も五十嵐も出場種目はあと二人三脚だけだが。
適当に頷きを返し、会話終了、と思いきや、佐竹から意外な提案があった。
「二人三脚は最後の方だからまだ時間あるよな? ──お二人さん、昼飯食ったか?」
佐竹に誘われ、五十嵐と三人でやってきたのは[
「ここ、穴場なんだぜ。昼時のな」
「意外だな。こういう店って普通昼に混むもんじゃないのか?」
活気がないってほどじゃないが、昼時の食事処としてはからんとしていた。
「近くにあるのが黒輝山くらいだから、昼休みに職場抜けて外食するなら職場近くのファミレスだろ? 色んな会社だの店だのから離れてるここにはサラリーマンは来ないし、教師は大抵弁当持ちだ。だから昼はそれを知ってる人くらいしか来ないんだよ」
なるほど、妙なところで詳しいな。家はそんなに近くないだろうに。
「って、お前こんなところで油売っていいのかよ? 実行委員、忙しいんだろう?」
問うと佐竹はどこか遠い目をした。
「あー、忙しいよ。朝早くから準備して、競技出ない代わり誘導だの、アナウンスだの、ビデオ撮影だの、ずっと駆けずり回っての昼休みさ。午後はお前らも出る新興競技、二人三脚の進行責任者。他にもやるこたいっぱいある。だからかどうかは知らないけど、先輩は快く送り出してくれたぜ? [束の間の休息を味わってくるがいい]とさ」
う、台詞が重い。
遠い目の佐竹を見るのがちょっと辛くなってきたので、話題を反らすことにした。
「で、俺たちを連れてきた理由は?」
待ってましたとばかりに佐竹はにかっと笑い、言った。
「一人でうどん屋なんて辛気くせぇだろ。なら、華やかなカップルでも連れてきた方が気晴らしになるってもんだろ」
「俺と五十嵐はカップルじゃない」
「なんだ、違うのか?」
佐竹の顔にはいつものからかうような笑み。くそ、気晴らしって俺をからかうことかよ。
まあ、いい。とりあえず、入り口から進んで、席を探そうと一歩踏み出したとき、五十嵐だけが固まって動かないのに気づいた。
「五十嵐? どうs」
「いらっしゃいまっ……」
挨拶をしかけた女性店員も五十嵐を見て固まった。
「……母上……」
「ま、舞華っ?」
たった二言だったが、俺と佐竹を混乱の淵に陥れるには充分すぎる会話だった。
「い、今、母上って言ったよな、咲原?」
「うん」
「母上って母親のことだよな?」
「うん」
「五十嵐は俺たちのクラスメイトだよな?」
「うん」
「ってことはどんだけ若くても、十五だよな?」
「うん」
ちなみにもう十六らしいが。
「……母親、若くね?」
「うん」
俺、うんしか言ってないけれど、それくらい、その人物は動揺を誘う若々しさだった。
二十代半ばにしか見えない。藤色のエプロンの下は暖色系二色のボーダーのセーターという大胆なファッション。しわなんて一つもない肌には世の中の他の女性が羨むであろうハリとツヤ。五十嵐の母ということは何をどう間違っても法的には絶賛三十路中のはずだ。
「あらまあ、お上手ですこと!」
「え、えっと……?」
戸惑いすぎて言葉が出ない。
「舞華のお友達?」
「ま、まあ、そんなとk」
「あらあら、舞華ったら二人も
「そういうのと違いますかr」
「もーっ、照れちゃって! 大丈夫よ、お母さんは二股までなら許しますから」
許すのか。
「だからそんなんj」
「お二人とも、舞華をよろしくお願いしますね」
「だからちg」
「不肖の娘ですけど、気が向いたら嫁にもらってやってくださいね」
「い、いい加減にしてよ、母さん!!」
真っ赤になって叫ぶ五十嵐。あ、何か新鮮だ。いつも中二まっしぐらだから、こんな普通なところなんて初めて見たかもしれない。
「静かになさい、舞華。お店の中よ」
「か、母さんが変なこと言うからっ」
「さ、こちらへどうぞ」
娘の責めるような視線をさらっと流し、通常の接客に。五十嵐は涙目ながらも素直に従う。五十嵐が称した[最強の母]の称号は伊達じゃない。
俺たちは奥の座敷部屋に通された。
案内を終えた五十嵐の母は俺にこっそり耳打ちしてきた。
「舞華のこと、よろしくね。きっとあなたが本命だから」
「はい?」
意味がわからず、こてん、と首を傾げると五十嵐の母は「ねっ!」と、三十代(定かではないが)とは思えぬ若々しいウインクをして去って行った。
ぴゅー、と脇で口笛の音がした。そちらを見ると佐竹がにやにや笑っていた。
「よぉい、どんってね」
訳わかんねぇよ……
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