第48話「私の命は我が王に賭けている」

 半田の過去を知り、半田を毛嫌いしている五十嵐までもがぎりぎりと音を立てて拳を握りしめていた。

「いくら憎いとはいえ、相手は幼子だぞ」

「それに関してはねー、美星チャンも子どもだったわけだし」

「子どもが[生きて苦しめ]なんて考えるか?」

 実際、考えたのだろうから仕方ない。それにしても、残酷な考え方だとは思うが。

「この説を推したくはないケド可能性が高いのもまた確かだ。じゃなきゃ、成長した美月チャンを襲う理由はないからネ」

 そう、そもそもこれは半田が[発火物スターター]に襲われて昏睡状態である、という話だ。

「まあ、長年かけて燻らせて、自分の行いやそれを見た周りの心境がしっかり理解できるようになった年齢のところで燃え上がらせる、と考えていたなら、計画的で狡猾だよ。あり得ない話ではない」

 厄介きわまりないのだが。

「そうじゃなきゃ、半田の前から姿を消す理由もないしな」

「……確かに」

 半田に憎悪を刻みつけたことを後悔しているのなら、現場にそのまま残って健一朗さんたちが来るまで待っていればよかったのだ。それくらいの分別はついただろう。

「しかし、半田の能力の暴走をどうやって止めるというのだ? マグマにも液体窒素にもなりたくはないぞ」

「それをね、キミに頼もうと思ってたんだよ、咲原クン」

「俺?」

 健一朗さんの考えでは[発火物スターター]の能力には個人ごとに差があり、同調が得意なタイプから強制力フォーシングが得意なタイプまで幅広く存在するため、一纏めに[同調系]や[使役系]と括れないのだ、ということだった。

 そして、今回の美星さんは強制力フォーシングに寄った[発火物スターター]だと見ているらしい。まあ、間違いないだろう。

「つまり、目には目を方式ですか」

「ソ。咲原クンは史上稀なくらいの強い強制力フォーシング所持者だ。下手な使役系能力者に頼むより確実だし、[傀儡王パペットマスター]を使えば美月チャンの[偽りの恒温動物サーモグラフィ]も止められるかもしれない」

「まあ、命令絶対服従能力ですからね」

「やってくれるかい?」

「高いですよ?」

「お金取るの!?」

 だって危険に素足を突っ込むようなものだ。

「今の半田に同調するリスク、俺がわかってないとでも思ってました?」

 五十嵐が気づいたようだ。

「そうか、半田は同調した相手の体温を弄ることができる。そんなやつが暴走状態のところにこちらから同調なんてしたら、火傷凍傷どころの話ではない」

 健一朗さんが困ったように肩を竦める。

「うーん、気づかれちゃったかぁ。頭の回る子は困るなぁ」

 なんて、悪人ぶっているが。

「助けたいんでしょ? 健一朗さんが、半田を」

「え?」

「組織のことは知ったこっちゃないですけど、おどけておきながら、本当は半田が死ぬのが不安なんでしょ?」

 顔色の変わった健一朗さんを見て、五十嵐は呆れたように俺の言葉を次ぐ。

「ここまで半田のことに詳しいのは伏見氏が半田を任されているからだろう? 半田がいくつの頃からの付き合いなのかは知らんが、親心くらい芽生えてもおかしくないくらいの付き合いがわかる。それに、伏見氏が今している目、私は知っている」

 五十嵐は真っ直ぐ健一朗さんを見据えた。

「親しい者が死ぬのを恐れる目だ」

 ……五十嵐はそう言い切るし、俺もそう思うんだけど。

 何故五十嵐はそこまで断定的な言い方ができるのだろう。

「それに危険とはいえ、それを和らげる策がないわけではない」

「というと?」

「咲原は以上体温の半田と同時に、正常体温の私と同調すればいい」

「はっ!?」

 簡単に言うが、いや、できないわけではないが。五十嵐は言っている意味がわかっているのか?

「五十嵐サン? それはキミまでもが美月チャンの能力に巻き込まれて死ぬかもしれないよ? ちゃんとわかって言ってる?」

 そう、その通りなのだ。

 確かに正常な体温の者を挟めば、俺一人の負担は減るだろう。だが、それは食らった体温操作の影響を正常な体温の者も受けてしまう可能性を高めるのだ。

 超能力者ならまだしも、五十嵐はただの一般人である。譬色々と並外れていたとしても、だ。

「わかって言っているさ」

「なら、もう少しちゃんと考えて」

「私があの女に負けるわけがなかろう」

 五十嵐らしい不敵な笑みだ。五十嵐は続ける。

「それに、私の命は我が王に賭けている」

 ──はは、五十嵐らしいや。

「じゃあ頼んだよ、[|万能な兵士《オールマイティラウンダー]さん」

「おう」

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