第49話「どうして僕は」

 健一朗さんに連れられて、[WHAT]の建物にやってきた。

 案外普通の建物で拍子抜けしたが、向かう先は隠し階段で現れた地下。

「うっわー、怪しい組織」

「元々だろう」

「咲原クン、五十嵐サン、ボクがその組織の幹部ってこと忘れてないよね?」

「「それも踏まえて」」

「こんなに傷つく異口同音は初めてだヨ……」

 健一朗さんは独特な喋り方をするし、顔はイケメンだけど、言っていることは中二病のそれと変わらないから、超能力とか知らない人間からしたら怪しいし、超能力を知っている俺たちから見ても怪しい。

 イケメンなのに浮いた話がないのは、この怪しさが魅力ではなく、残念さを助長しているからだろう。なんとなくではあるが、健一朗さんは、そう見せているように思う。他人から距離を取るというか。

 俺たちに絡んでくるのも、本当は望みじゃなかったのではないかとすら思う。半田が積極的な組織活動をしなければ、ただの傍観者でいるつもりだった……そう思えてならない。

 けれど、俺という超能力者に対して傍観者でいなかったことは、皮肉なのか、今健一朗さんの守りたいものを守るために作用している。運命論とかを簡単に信じる方ではないが、これは成るべくして成ったことなのだろう。

 普通の床板とさして変わりないところを取り外して現れた地下への階段。きっとこれは本当に[WHAT]の上層しか知らない秘密の場所なのだろう。

 そこに踏み入れてしまったら、俺は[WHAT]と関わりを持たざるを得ないことになる。……が、半田と関わっている時点で[WHAT]との繋がりはできてしまっていたのだろう。残念なことに。

 [WHAT]が怪しい組織だとは前々から思っていたし、怪しさはこの件で更に増した。けれど、半田も他人ではないくらいの関わりを持っていて、俺は見捨てることができない。

 偽善で面倒事を増やすなんて、愚の骨頂かもしれないが、俺は……超能力で傷つく人をこれ以上見たくない。

 無論、[WHAT]に入ることを了承も検討もしていない身だが。

 健一朗さんを先頭に、俺、五十嵐の順で階段を下りていく。明るかった地上階とは打って変わって、暗い。五里霧中という言葉が脳裏をよぎるくらいには暗い。

 地下らしいと言えばそうだが、こんな暗闇の先に半田が閉じ込められているのか、と思うとなんだか気の毒になる。譬、他者を傷つけないために隔離されているとはいえ。

「踏み外さないようにネ。階段に電灯はないんだ。降りきらないと」

 そろそろ階段が終わるよ、と健一朗さんが声をかけてくれたので、慎重に一段一段降り、床に辿り着いたことを足で確かめて、ふう、と溜め息を吐く。

 まだ、本題はこれからだが、暗中模索感のある階段に少し疲れた。健一朗さんはそれを察していたのだろう。すぐに灯りを点けてくれた。

 けれど、明るくなった空間を見て、俺は絶句した。隣の五十嵐も息を飲んでいた。

 分厚そうなガラスの向こう側に地べたで寝転がらされて、魘されているように暴れ回る半田がいた。この透明なガラスは特殊なガラスで強い耐熱性を持っているのだという。

 実質、半田は透明な檻に閉じ込められているようなものだ。

「透明だが、扉はあるんだ。そこを開いたら、美月チャンの熱に晒される。……咲原クン、準備はいいかい?」

 俺は予め、正常体温の五十嵐と同調した。強制力フォーシングもいつでも発動できるようにしてある。

 同調の効果を高めるため、五十嵐とは固く手を繋いでいた。てっきり俺だけが緊張しているものだと思っていたが、五十嵐の方がきつく手を握り返す。

 どれだけ万能人間とはいえ、不安は抱くものなのだな、という発見に、俺の心はいくらか安らいだ。

「いつでも行けます」

「じゃあ、扉を開けるよ」

 その扉は特殊な機械がついていて幹部クラスの人の手形を読み取って開くらしい。近未来的というか。ただ徹底しているのは[扉に手を触れない]というところだ。

 おそらく、制御不能の半田の能力がどこまで届くか解明されていないのだろう。俺は五十嵐との同調を確認し、ゆっくり中に入った。

 部屋の中は暑かった真夏日と言われる日でもこんなに暑くはないだろう。サウナ程度でも済まない。容赦なく血を沸騰させてこようとする温度がじりじりと肌を焼く。

 半田を探そうとして気づいた。

 ──どこにいるかわからない。

 しまった、と気づいた頃には遅かった。もう俺は調

 体が内側から破裂して怪我をしたときに感じるような血の熱が中をぐしゃぐしゃにしていくような感覚。頭がおかしくなりそうなくらいの熱。

 それでも俺は五十嵐を探した。微かに感じる五十嵐の体温。同調しているはずなのに、何故か巻き込まれていない。

「戻ってこい阿呆女!! ……咲原、掴まれえええええええええっ!!」

 伸ばされた手が見えた。それに手を伸ばすと、あっちの方から引っ張り出してくれた。

 そのまま部屋から脱出。

「伏見氏、閉めろ」

 朦朧とした意識。まだ体の中で熱がぐるぐる回っている。

「咲原、休んでいいから」

 五十嵐の優しい声を聞きながら、眠りに落ちていく。


「どうして僕は、キミたちのようにできないのカナ」


 少し寂しげな声が鼓膜を揺らした。

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