第50話「五十嵐がよかったです」

 熱い。

 けれど、心地よい氷枕……というか、最近夏場に売ってるひんやりするクッションみたいなのに包まれているようなそんな感覚で、俺の意識は微睡んでいった。

 ふっと、何かに急かされたような気がして目を開けると、そこには幸せそうな三人がいた。

「僕は半田陽太。こっちは妹の美月だよ」

「お姉ちゃんよろしくね!」

 元気いっぱいで天真爛漫な感じの女の子は半田美月というらしい。ということはこれは半田の記憶だろうか。

 過去夢を見る、というのは超能力者にとって珍しいことではない。同調した相手の記憶、強く思っていることに左右された夢を見るのはよくあることだ。

 俺が普段他人とあまり同調しないのは、それがあるから。怖いんだ。やろうと思ったわけでもないのに、相手の領域に土足で踏み入るのが。知られたくないことだってあるだろうに、否応なしに見せてくる超能力というやつが俺は嫌いでならなかった。

 いつもなら拒絶反応起こして飛び起きているところなのだが、現実の体調が思わしくないらしく、夢の世界から出られなかった。もしくは、半田と思ったより強く同調してしまったのかもしれない。

 半田の兄、陽太と半田は何故かぼろぼろだった。

 向かい合っている女の子は身綺麗だ。

「私は田辺美星。よろしくね」

 お姉ちゃんと言われたのが嬉しそうだが、すぐ澄まし顔になった黒髪の女の子は今回の犯人である田辺美星らしい。これは出会いの場面だろうか。

「あなたたちも大変だったわね。その傷……親に暴力でも振るわれたんでしょう?」

「[も]ってことは美星さんも?」

 陽太の発言に少し空気が凍りつくが、美星はええ、と頷いた。

「ここに来たときは骨が五、六本折れていると言われたわ。……ついてきて」

 この施設にやってきたのは美星の方が先のようた。孤児院というよりは児童保護施設みたいな感じだったのだろうか。

 普通の人からすれば、超能力は不気味なものだろう。それを小さな子どもが使えたなら尚更だ。同調能力で心を読めるし、変な能力を使える。薄気味悪いと思われたにちがいない。

 俺は幸いなことに(?)そうなる要因である親を能力で家から追い出してしまったため、そういう不便はなかった。

 何か一つでも違えば、俺は半田たちと同じ目に遭っていたのだろう。知実さんがいてよかった。

 場面が切り替わる。明らかにぼろぼろの古着だが、先程の服より幾分かましになった二人。美星もさして変わらない服装だ。

「ふむ、なるほどね。美月ちゃんの能力は私の能力に類似性があるから保護者つきで組まされたってことかしら」

「僕、保護者?」

 陽太が苦笑する。

「お兄ちゃんはいっぱいいっぱい私のこと守ってくれるから、あんなやつらより私の保護者だよ!!」

「あら、好かれてるのね。兄弟がいないから羨ましいわ」

 美星は顔色一つ変えずに言う。

「私の母は私が生まれてから死んだから」

 これが未就学児の会話か? 怖いんですけど。

「父が暴力男でね。私が変な力を持ってるとかそういうの関係なく、何か気に食わなければ暴力を振るうやつだったわ。あら」

 陽太の首筋にずい、と近寄る美星。陽太がびびって身を引いた。

「あなたの親も煙草吸うのね」

「あー……うん」

 陽太の首筋に所謂根性焼きとかいうやつがあったのだ。時代違う気がするんだけど、え?

「じゃないと美月が危ないから」

「私は痕残らないから大丈夫って言ったのに、お兄ちゃん……」

 いや、そういう問題ではないと思うぞ、半田。

「あら、私もなの」

 賛同するところじゃないぞ美星さん。


 案外平和だと思っていた日常の暗部を見た気がする。この子たちがこれから非道な実験で殺されたり、憎しみを持ったり、トラウマ植え付けられたりするのか。酷すぎだろ。

 まあ、そんな組織も壊滅したのだからいい……というわけでもなさそうだった。

 目隠しをされた半田。暗闇が怖いらしく、錯乱。

「言うことを聞いたら取ってあげるからね」

「何、何すればいいの? 怖いよ、怖い、早く、早く取って」

「今から触ったものの温度を上げてほしいんだ」

 目隠しされた半田の前に猿轡をされた陽太が立っている。……例のあの日のことだろう。

 駄目だ、陽太が半田に触れようとしている。なんで? 今の話を聞いていたら、死んでしまうことなんて、容易に想像できるだろうに。

 そのとき、俺の中に陽太の声が流れてきた。


『美月、怖くないよ。兄ちゃんが助けるからな』


 これは[刻印者メモライザー]の能力? まさか、陽太は怖がる半田を解放するために……?

 駄目だ、やめろ、やめろ。でも、夢の中で声が届くことはなく。

 半田の手と陽太の手が触れ合った。

 たちまちのうちに倒れる陽太。そこへ、先程の俺の思いを代弁するかのような絶叫が響いた。

「陽くん!!」


 声が聞こえる。


『美月を守れてよかった。美星と出会えて幸せだった』


「陽くん、やめて。美月、美月、あんたは……」

 目隠しを取られた半田は倒れた兄と鬼の形相の美星に戸惑う。

「え、お兄ちゃん……?」

『お前の、全部お前のせいだ!!!!』

 これは……美星さんに陽太さんが同調したのを利用して美星さんが[刻印者メモライザー]の能力を使っている……という捉え方でいいのだろうか。

 実験タイトルは[超能力の融合サイキックミックス]。それが皮肉にも成功した、というわけである。

 だが、その成功記録が後の世に残ることはなかった。

「こんな場所、美月も、何もかも、全部!! 燃えてしまえ!!!!」

 美星の[発火物スターター]の能力が最大火力を発揮して施設を破壊した。資料を焼き尽くし、研究員を消し炭にし、残っていた子どもまで巻き込み……陽太を火葬した。

 残されたのは、火が点いても火傷をしない半田だけ。

 半田がしばらく呆然としていたところに、影がかかる。

「大丈夫かい?」

 あれ、聞いたことある声だな……


 ぱっと目を覚ました。

「大丈夫かい?」

 ベッドの脇に健一朗さんがいた。夢で聞いたのと同じ声。まあ、健一朗さんが半田を保護したのだから、そうなのだろう。

 首をぐるりと回すと、五十嵐がいないことが確認できた。

「五十嵐がよかったです」

「一所懸命看病したんだから、そんなこと言わないでくれるカナ?」

 自分に正直なのはいいことだ。

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