第47話「罪かどうかを決めるのは自分なんだよ」

 美月チャンから聞いた話なんだけどネ、と前置きして健一朗さんは話し始めた。


 その施設は表向きは[孤児院]だったそうだ。超能力を持ったがために疎まれた子たちの。

 超能力というもの自体が公ではないから、不気味な子どもとして捨てられる子は多いらしい。けれど、超能力の存在を信じろと言われて素直に信じる方が難しいだろう。一口に超能力といっても様々で、自分の想像と少しでも違えば認めない、という人までいるのだから大変だ。

 そういう[社会から捨てられた]超能力者の子どもというのは、研究施設としては都合がよかったにちがいない。

 そんな中に二人の兄妹と一人の女の子がいた。

 兄妹の方は兄の方が妹を守ろうとしたら、二人共追い出された、という経緯だった。元々兄の能力は言ってしまえば地味で、両親には超能力と気づかれていなかった。

 けれど、妹の方はそうもいかなかった。火傷もしないし、凍傷もない。普通の人間と称するには異常な体質だった。所謂根性焼きとやらをされても跡が残らなかったそうだ。そのため、好き放題に暴力の的にされていた。アイロンを肌に押し付けられたり、ドライアイスを素手で持たされたり。ひどい話である。

 両親のあまりの仕打ちに一周回っておかしくなり、どんなに暴力を受けても笑うようになってしまった妹を見て、兄はここにいちゃいけない、と思って妹を守ろうとした。そうしたら、ごみ捨て場に捨てられた。──というのが壮絶な半田兄妹の経緯である。

 そんな二人とほぼ同時期に拾われたのが田辺美星だった。[発火物スターター]の能力を制御できない幼かった美星は親にも嫌われ、学校でもいじめられ、人間不信に陥っていた。無理もないだろう。火をつけることができたというのなら、強制力フォーシングもそうだが、同調能力だって使えるはずだ。同調能力は訓練しなくても、人の心の声が聞こえてしまう能力だからこそ厄介だ。それは周囲にとってもそうだし、本人にとってもそうだったにちがいない。望まなくても、周囲の人間の本音が聞こえてしまっただろうから。

 故に、孤児院を名乗る研究者たちが自分を実験動物モルモットにしようと考えていることなど、美星には明け透けて見えたのだ。

 そんな美星が大人を信用できようはずもなく、それどころか他の似たような境遇の子どもとも距離を置くようになってしまった。

 当然、美星の能力を実験に利用したかった研究者たちは困り果てる。

 そんな思惑を知ってか知らずか、半田陽太が美星に声をかけた。

 最初、美星は大人たちからの差し金だろう、と耳を貸さなかったが、聞こえてくる陽太の声は友達になりたい、というだけの純粋そのもので。とうとう美星が根負けした。

 陽太は優しい子どもだった。本当なら、美星以上にひどい状態の妹の世話をするだけでいっぱいいっぱいのはずだ。それなのに、「女の子の友達がいた方が、美月が元気になるかと思って」と。

 美星は虐げられたことを忘れるために、美月の世話を焼くようになった。他人のために動くなんて、今までの美星では考えられなかったことだ。けれど、自分よりひどい目に遭ってきた女の子を見て、美星は放っておけなかった。

 それから三人は本当の兄妹のように互いに助け合って育った。美星と交流していくことで、美月の心もほどけてきた。

「美星と美月は名前も似ているから、本当に姉妹みたいだね」

 そんな陽太の言葉を美星も美月も誇らしく思った。

 それから、美星と美月はお互いに心を開くようになった。おそらく、彼らが仲良くなれたのは、似たような境遇だったということよりも、美星と陽太が同い年だったことが大きな影響をもたらしたのだろうと考えられる。

 学校になんて行けなくていい。三人でただ幸せに過ごせれば。

 これが共通の三人の願いだった。


 ある日、美月が大人に呼び出された。陽太も美星も一緒でいいと言われたから、美月は安心してついていった。

 けれど、途中で目隠しをされた。暗闇は不安を呼ぶが、手を握ってくれた誰かの体温に美月は安堵した。

 研究者たちは、美月の能力[偽りの恒温動物サーモグラフィ]に興味を抱いていた。本来対立するはずの冷たさと温かさを共存させる能力だ。あまり知られていない希少な能力に好奇心が向けられるのは、まあ、無情に考えれば当然と言えるだろう。

 更に研究者たちの興味を惹いたのは、美月が自分の体温だけでなく、周囲のものの温度も変えられるということだった。

 ──それと、もう一つ。

 研究者は[発火物スターター]との相性にも興味を示していた。

 [発火物スターター]の能力が感情にも作用するというのは当時は噂でしかなかった。だから立証しようとしたのだ。

 [刻印者メモライザー]の命という格好の実験動物モルモットをもって。


「というのが美月チャンから聞いた話と、壊滅した施設に残っていた資料から読み取った情報だヨ」

「え、壊滅……?」

 健一朗さんが肩を竦める。

「僕タチが駆けつけたときには、ほとんどの人が焼け死んでいてねぇ。事情聴取できなかったんだヨ~」

 おちゃらけているが、それはただ事ではない。組織一つ壊滅させられるレベルの発火能力だったことになる。子どもの頃でそれなんだから、今ならどうなっていることやら。

 と俺が不安になっている脇で、五十嵐は首を傾げていた。

「組織が壊滅していたのなら、[何故資料が残っていた]? [何故半田は見逃された]んだ? 殺したいほど憎んでいたなら、こんな回りっくどいことをせずとも、そのとき半田を殺せただろうに」

 言われてはっとする。確かにそこは疑問だ。組織の資料に関しては子どもだから[そこまで頭が回らなかった]で説明がつくが、半田を生かした理由がわからない。

「殺せなかったんだろうサ。だって、ついさっきまで妹のように可愛がってたんだから」

 憎悪の感情を刻みつけておいてよく言う、と思ったが、それもよく考えれば、美星自身の意思ではなかったとも言える。

「もう一つ、可能性はあるけどネ。お兄さんはあんまりこの説推したくないナー」

「なんですか?」

 おどけた様子で、とんでもないことを健一朗さんは言った。

「生きて罪の意識に苦しめ……ってこと」

 呼吸を、数瞬忘れていたような気がする。それくらい衝撃的で残酷な説。それは健一朗さんじゃなくても推したくはない。

「でも、罪なんて……半田は悪くないじゃないですか」

「違うヨ、咲原クン」

 目を合わせなかったけれど、健一朗さんははっきり告げた。

「罪かどうかを決めるのは自分なんだよ。この場合」

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